失うように愛することが
あなたの逃れられない運命なら
自ら望んで
失うものを愛するがいい
時の灰色の斜面をわたしは何処までも落ちていった
細い声に呼び止められ
ガラスの床の上に目覚めた
下には恐ろしいほどに渦を巻く青い海
...それは救いよ...
あなたは遠い目で微笑む
わたしは古い時刻表を裏返して
かすれた文字を指で辿った
窓辺の萎れたコスモスが
花瓶の水を濁らせていた
失うように愛するあなたを
わたしは嫉妬することさえできなくなっていた
霧に覆われた落葉樹の列
ここには誰もいない
雪の舞う午前
わたしは古い病院の一室で
旧姓を名乗り
頬を染める老女を見つめていた
その骨のような指を手に取り
静かに唇を押し付けると
...それは救いよ...
あなたの細い後ろ姿が
遠ざかるのが見える
失うように愛することが
想いが瓦礫のように崩れる
その様の如何に美しいことか
硬質の音をけたたましく上げて
砕けて舞い散る硝子の破片
あるいは
限界まで張ったピアノ線を
あっさりとナイフで断ち切ったように
消えゆくものは
同時に人をも魅了するほど美しく
時に世界の因果をも狂わせて
弾けて
何もない静寂が 再び
支配する
雪の止んだ午後
薄く積もった白妙の音立たぬ世界
街外れの一角は 再び
埋没し
静寂