インプラントも医療ミスが発生しています。慎重に対処しましょう。

毎日新聞コラムより
「らくらく健康術」

1.歯を守るI

根本的な欠陥持つ人工歯根 (2000年6月22日付朝刊)
林 晋哉
 最近、インプラント(人工歯根)と呼ばれる治療法が注目を集めています。インプラント治療とは、歯が無くなった部分に手術をして、セラミックやチタンなどで作られた人工の歯根をあごの骨にじかに埋め込むことです。そして埋め込んだインプラントが安定した後に、人工の歯をかぶせ、かみ合わせを回復する方法です。特定の医療機関以外では、自費診療のためか、第3の歯とか夢の治療などと宣伝されてもいます。
 しかし、インプラントは根本的な欠陥が二つあります。天然の歯の根の部分は、歯根膜【しこんまく】という繊維によってあごの骨に連結しています。この歯根膜にはクッションの役目もあり、歯と歯がかみ合った時に衝撃を吸収し、和らげています。自分の歯を指で押してみると、少し歯が動くことが実感できると思いますが、インブラントは、あごの骨に直接埋め込みますので、クッションとなる歯根膜がありません。ですから、物をかんだときの力がじかにあごの骨に伝わってしまいます。
 こうした欠陥は、次のような場合に顕著に現れます。インプラントは単体で使われることはあまりなく、多くの場合、ブリッジの土台として使われます。その時、近くの天然歯を一回り小さく削って、もう一方の土台とし、その両方の土台を人工歯(ブリッジ)でつなぎ合わせて、無くなった歯の部分を補うのです。
 こうしたブリッジは歯根膜というクッションのある土台と、クッションのない土台に支えられていますので、物をかむたびに、一方の土台は少し沈み、もう一方は全く動かないという不自然な働きを強いられます。
 もう一つの欠陥は、インプラントを生理学的に考えると、私たちの体にとっては異物でしかないということです。いくら生体に有害な作用の極めて少ない材料を使っても、100%体になじむこと.はないのです。
 インプラントの上半分は口の中に出ていますので、ある生理学者はインプラントを「骨に刺さったとげ」と表現しています。その結果、歯茎やあごの骨を痛めてしまうこともあります。もちろん、慣れた医師によって行われた場合には安定して使っている患者さんも多くいますが、こうしたトラブルも、ないわけではありません。
 医師によって見方が異なることは承知していますが、このリスクがある限り、私は自分の診療に取り入れようとは思っていません。
 歯が無くなった部分を補う治療は、自分で取り外しの出来る「入れ歯」でほとんどのケースに対応可能です。入れ歯に対して、年寄りくさいといった誤解を持っている人が多いようですが、私自身、一本義歯を不自由なく使っています。
(歯科医師)
2.歯を守るL

抜かずともよい親知らずQ&A
の後半部 (2000年7月13日付朝刊)
林 晋哉
   インプラントの技術は格段に進歩しており、治療行為では有力な選択肢のひとつというのが医師の間での常識です。その臨床的な有効性は世界レベルで認められています。林先生の「入れ歯でがまんしろ」と言わんばかりの言い方はインプラントの長所に触れぬ一方的な見方ではないでしょうか。(複数の医師)
  短期間で格段に進歩しているということは、それだけ改善の余地があることにほかなりません。歯根膜がないという根本的な欠陥は解決していないと思っています。生体にとっては異物であること、歯の骨結合は人間の顎関節【がくかんせつ】の形状に調和しないことは、生理学や系統発生学の常識です。例えば、次のようなトラブルを懸念しているのです。20代の男性は交通事故で複数の歯を失い、入れ歯で不自由なく生活していましたが、入れ歯以上によくかめるとインプラントを勧められ、有名病院で治療を受けました。しかし、うまくかめず、インプラント自体もぐらぐらしてきたため、結局再手術でインプラントを取り除かざるを得なくなりました。その後、新たに入れ歯を入れましたが、以前のようにはかめず、体調も戻っていません。こういうケースが少なくないのです。高額な治療費や手術によるデメリット以上の効果が義歯と同じくらい保証できない限り、私は治療に取り人れるつもりはありません。私の診療のモットーは「自分の口に処置しないことは、他人にもしない」。詳しくは拙書「いい歯医者、悪い歯医者」(ザ・マサダ)をお読みいただければ幸いです。
3.歯を守るH

親知らず 安易に抜歯は疑問 
(2000年6月15日付朝刊)
林 晋哉
 親知らずは10代後半から30歳くらいにかけて、上下の歯列の一番奥に生えてくる第3大臼歯【きゅうし】の俗称です。文字通り、親も気づかない年ごろに生え始めます。また、知恵や知識を身につける年齢に生えることから、智歯【ちし】とも呼ばれています。
 その上下4本の親知らずが生えそろい、きっちりとかみ合っていれば、特別問題はないのですが、現代の日本人ではこうした人は大変少なく、親知らずそのものがない人も珍しくありません。こうした傾向は年齢が低くなるにつれて多いようで、あごが小さくなっていることと併せて、退化傾向にあるといわれています。
 また、親知らずが1〜4本あったとしても、歯肉のなかに埋もれたままだったり、真横になっていたり、歯の一部だけが歯肉から出ているなど、親知らずの本数とその状態はまさに百人百様です。そのまま何事もなく過ぎることもありますし、親知らずの周りの歯肉に炎症が起きたり、虫歯になってしまうこともあります。
 また、生えてくる場所があごの一番奥の狭い所なので、かみ合わせのバランスに影響を与えやすい歯でもあり、親知らずのアンバランスが原因で頭痛、首や肩のこりを起こすこともあります。
 親知らずは、他の28本の歯の歯根が完成された後、つまり、ある程度かみ合わせが完成されたころに生え始めますので、どうしても邪魔者扱いされがちで、歯肉の炎症や進行した虫歯でない場合でも、抜歯の対象にされがちです。実際、明確な根拠がないまま一律に親知らずは抜くべき歯と考えている歯科医や患者も多いようです。
 しかし、口の中にある以上、全体のかみ合わせバランスに、良くも悪くも影響を与えている場合もままあり、そうした診断なしで抜いてしまうと、急激なかみ合わせの変化を誘発して、身体に悪影響を及ぼすこともありますので、安易に抜歯することには問題があると私は考えています。
 しかし、すでに親知らずを抜いた経験がある人でも、その後の体調に変化がなければ、特に心配する必要はありません。また、親知らずは、手前の歯が抜けた時に、人れ歯の支えに使える場合もあり、功罪の判断のつけにくい歯であると言えます。
 いずれにしても、上下の親知らずがきっちりとかみ合っている人が少ない現在では、親知らずの治療に関し、まさにケース・バイ・ケースとはいえ、抜歯をする場合は、かみ合わせバランスや歯全体の将来のことも考えた総合的な診断とその説明が必要条件となります。(歯科医師)
4.歯を守るJ

必要以上に削らない、抜かない
(2000年6月29日付朝刊)
林 晋哉
 歯を守るには、虫歯や歯周病を予防することが大切で、それには、ブラッシングを適切に行うことが一番の方法であると信じられています。しかし、これはかむための道具である歯の手入れ法であり、これだけでは不十分です。どんな道具でも上手に使ってこそ長持ちするのです。
 そこで、かみ癖(右や左ばかりでかむ)を直し、左右の歯でバランスよくかむ(連載第3回参照)」「食事以外の時に歯をかみしめたり、歯ぎしりをしない(乳歯の時の歯ぎしりは除く)」。この2点をしっかりと覚え、実行してください。
 こうしたことは、日常の生活で自分白身で出来ることですが、歯の治療の仕方でも歯の寿命は大きく違ってきます。歯の治療は『必要以上に削らない、抜かない』ことと、複数の歯を一度に治療しないことが大前提です。虫歯や歯周病以外に人工的に歯を侵襲することは極力避けなければいけません。一度削ったり、抜いたりした歯は、二度と元にはもどりません。小さな虫歯でも削る範囲は必要最小限にしなければいけません。特に、抜けた歯の部分を回復するために、健康な両隣の歯を一回り小さく削って、複数の歯を連結してかぶせるブリッジは要注意(医師によっては反論があろうかと思いますが)と考えます。
 例えば、3本ブリッジの場合、健康な歯を削ることも問題ですが、新たに3本分のかみ合わせを回復しなければならなくなります。人工の歯で元のかみ合わせを正確にすることは困難で、全体のかみ合わせバランスを狂わせる原因にもなりやすく、結果的に歯の寿命を縮めかねません。
 こうした場合は両隣の歯を削らずに、抜けた部分だけを回復する『入れ歯(1本義歯)』や、『接着ブリッジ』を選択し、歯科医にはっきりと伝えることを勧めます。また、歯はいずれは減っていくものですから、使う素材は保険や自費にかかわらず、天然歯に近い硬さの物を選んでください。
 かみ合わせの変化は全身にも影響しますので、歯科治療でかみ合わせが狂ってしまうことを避けるには、治療を受ける際の体勢にも注意が必要です。小さな詰め物から総入れ歯に至るまで、かみ合わせのチェックは、立った姿勢か、いすに腰掛けた姿勢(体が寝ていない状態)で受けてください。治療台に寝たままの姿勢で上を向いたまま、かみ合わせのチェックをすると、下あごが下がってしまい、本来のあごの位置とは違ってきます。かみ合わせのチェックは食事をする時と同じ姿勢で受けてください。
 また、こうしたことを実践している歯科医師を見つけることも、歯と身体の健康を守る秘けつとも言えます。私と異なる意見の医師もいますので、私の考えを判断材料のひとつにして、医師とよく話し合ったうえで治療を受けてください。
(歯科医師)
5.歯を守るA

かみ合わせ狂うと”全身”に悪影響 (2000年4月20日付朝刊)
林 晋哉
 私たち人類の最大の特徴である直立2足歩行は、手が自由に使え、脳が大きく発達することをもたらしましたが、その分、ボウリング程もある重い頭が一番上にある、何とも不安定な構造になってしまいました。
 2本足で自由に動くには、この頭を常に安定させなければなりません。重い頭を支えるために、太くて強じんな筋肉が首の周りから背中にかけて付いており、これらの筋肉を適度に緊張させることで身体のバランスを保っています。しかし、筋肉の緊張のし過ぎが長く続くと、筋肉のなかを通っている血管や神経を圧迫し、血行不良や神経伝達を阻害して、こりや痛み、しびれなどの症状を全身に引き起こします。
 物を食べる時に使うそしゃく筋と頭を支える筋肉は、隣り合って密接な関係にあり、一体となって働いています。そしゃく筋の不調和が全身の筋肉バランスを崩し、体の姿勢に悪影響を及ぼすこともあります。
 例えば、左側の歯に虫歯の痛みや欠損があったりして、右側ばかりでかむ癖(右かみ)が長く続くと、右側のそしゃく筋が発達します。そしゃく筋は頭と顔の骨に付いていますので、顔の右側を引っぱることになり、頭は右側に傾きます。すると反対側(左)の頭を支える筋肉が頭の傾きを直そうと強く働きます。このような筋肉の働きすぎの状態が続くと首すじや肩、背中に痛み、こりが発生します。やがて傾いた頭の重みのために「背骨のゆがみ」「腰痛やひざの痛み」「内臓を圧迫することによる内臓疾患」など、□から遠い部分にもその影響が出てくるのです。
 全身の筋肉をバランスよく保つことが、そしゃく、歩行などの機能を円滑にするのです。
 このことは生物学的な進化のうえからも説明できます。つまり、そしゃく筋をはじめとする体の姿勢を保つ筋肉は、生物の進化の初期の段階では、同じ呼吸筋(えら)の一部でした。この呼吸筋は頸部【けいぶ】(首)から胸部、腹部を経て肛門【こうもん】に至っています。従って、そしゃく筋の不調和は全身の姿勢をゆがめてしまいやすいのです。
 今回、一番強調したいのは、上下左右の歯でバランス良くかむことが身体バランスを安定させ、全身の健康につながるということです。そのためには、歯の本数がちゃんとそろっていることが必要です。いつも片方の歯だけでかんだり、食事以外のときに歯を強くかみしめる(歯ぎしりなど)ことは避けねばなりません。気持ちよくリラッスクして食べることも大事です。
 次回は悪いかみ癖の見つけ方と家庭でできるリハビリ法を解説しましょう。
(歯科医師)
※毎日新聞コラムは林晋哉先生(林歯科・歯科医療研究センター、東京都中野区弥生町2-3-13)の承諾を得て転載しています。


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