
意見交換の広場へ心の家路を開設されているひいらぎさんから多くの方へ有益なレスをいただきました。
そのレスを参考のためまとめてアップいたしました。
M.Kさんの話に触発されて
数字を示すまでもなく、「一日の断酒」を積み重ねられるのは少数派です。だからこそ一日飲まないでいられたという事実だけで、十分なサクセスストーリーだと僕は思います。
断酒会でもAAでも「一日」を大切にしているのは、明日のことは分からないのがこの病気だからです。スリップという崖から落ちるのは、その人がそこに近寄ってしまうからです。何年経っても崖っぷちをうろうろしている人もいれば、最初から崖から遠いところにいる人もいます。でも、崖の存在を忘れて歩き回れば、誰にでも崖から落ちる日がやってくるのです。
スリップには明確な理由があるとほとんどのAAメンバーが考えています。僕の過去を振り返ってみると、原因は無知であったり、注意不足であったり、やる気の欠如であったりしました。誰にでもありがちなその過去を、僕は恥ずかしいとも隠したいとも思いません。それも大切な僕の人生のひとつなのです。
だから、「また飲んじゃった」という話であっても、それが「一日の断酒」へ向かう前のステージであるとすれば、それすらもサクセスストーリーの一部と言えるのではないでしょうか。例えば、主に幸運を土台として「飲まない日々」を結果として得た私たちが、「飲んでしまう彼らはダメな人々なのだ」と考えるなら、それは鼻持ちならない高慢な態度でしょう。私たちは飲む人たちの声にも共感を持つことは可能なのです。
僕は、この掲示板でも、他のサイトでも掲載される話は、基本的にはサクセスストーリーの一部なのだと思っています。サクセスストーリーには失敗の繰り返しが付き物だからです。
豊かな人もいれば貧乏な人もいる。家族持ちもいれば、それを失った人もいる。老いた人も、若い人もいる。女性も、男性もいる。様々な職業の人がいて、様々な学歴、社会的地位の人がいます。酒を飲む人なら誰でも依存症になる可能性があります。だから、集まる私たちも「あまりにも様々に」違いがあります。でも、わざわざ違いを隠す必要はありません。私たちは
「アルコールに対して安全でない」
という点で一致できるのですし、それだけで十分なのですから。
ここで数字を持ち出してしまうのですが、アメリカでも結局は7割の人間が酒を止められず、飲みながら死んでいきます。アルコール医療に政府からして取り組んでいる国でそうなのですから、日本においてはもっと悪い数字でしょう(日本の統計は知りません)。しらふで死んでいける人間は、ひょっとすると一割に満たないのかもしれません。
僕は、しらふで一生を終えたいと願っています。でも、そうする自信はまったくありません。だが、世の中には断酒会とかAAなどの実績のある手段が伝えられています。僕は保守的な人間ですから、新しい手段を自分で見つけてみたいとは思いません。古くからある実績のある方法を信頼して、それに任せるほうが得策に思えます。
さらに、僕の子供の世代でもアルコール依存症の有効な治療法が見つかっていない可能性は高いですから、解決の方法を次の世代に残すのは、親である僕の責任です。
アルコールに対して完全に安全になれない私たちであり、いつだって「自分で」飲んできた私たちなのですから、「普通に生きること」を目指しても安全ではないでしょう。
飲酒歴の最後の頃は、飲んでもγGTPが50にも達しませんでした。
「なんでですかねぇ〜」と主治医に聞いたところ
・γGTPというのは肝臓の細胞が今現在どれぐらい壊れているかを示す、いわば微分値だ。
・あなたの場合には、もはや壊れるだけの細胞も十分に残っていない。
・だから飲んでもγGTPが上昇しないのだ。
・末期のアル中のなかには、そういう人が確かにいる。
ということでした。
肝生検をしてみれば分かるけど、肝臓が筋ばっかりになっているのは確実だから、金の無駄と言われたのでしませんでしたが・・・。
こうなると酔いつぶれるために大量の酒は必要なく、缶ビール2本で泥酔するほどでした。
それでも僕はまだ飲みたかった。
『やっぱりうまく言えてませんが、この感じ、伝わります?』
僕は婿入り早々精神病院に入院し、退院後婚家へと入りました。まさに針のむしろという状態で、不眠にもずいぶん悩まされました。僕が一番に悩んでいたのは金銭の問題で、次が家族との人間関係の問題でした。
悩みがあるからアルコールに走ったのか、アルコールの問題が悩みを増やしたのか、これはニワトリが先か卵が先かという話とおんなじで、どちらがどちらということもないでしょう。
世の中には、アルコールの問題を切り抜けるのに、人間関係の悩みなどなかったという依存症者もいるのかもしれませんが、おそらくはここをROMしている皆さんのたいていは、深刻な悩みを抱えているかいたかでしょう。だから、4thスリッパさんの打ち明け話には、(僕も含めて)多くの人が共感したことだろうと思います。
幸せとは現在の状態ではなく、方向性だと言います。
特に家族との人間関係はそうだと僕も思います。
妻にとって自分はどういう人間なのだろうか、ただ単に金を稼いできてくれる人間にすぎないのだろうか、子供がいるから仕方なく同居しているだけなのだろうか、自分に対してさげすみの心をもっているのではないだろうか。そう疑問をもってしまうのは、人間として仕方ないことであるし、時には必要なことなのかもしれません。しかし、そういう考え方は決して人を幸せにはしてくれないものです。
それよりは、自分が相手にとってどんな存在でありたいかというのが方向性です。信頼できるパートナーとしての夫になりたいのか、子供に対して衣食住をまかなってあげる以上の親になりたいのか、アルコールの問題については安心してもらえる息子になりたいのか、そう願うならその方向に向かって努力することの中に「幸せ」が宿るのでしょう。
あなたには家族も、住む家も、やるべきこともあり、なによりも「人に必要とされている」という幸せがあります。でも、人は今持っているものに感謝することはなかなかできず、愚痴をこぼしたくなるものです。深刻な顔をして、同病相憐れむよりも、笑顔で愚痴を迎えたほうがいいではないでしょうか。
どうせ回復には時間がかかるのです。しかめっ面でいるよりは、笑っていたほうがいいでしょう。「気楽にやろう」というAAのスローガンはそのためにあるのですから。
こんな祈りを紹介しておきます。
「理解されるよりも、理解することを」
私たちはアルコール依存症です。
飲んではまずいのに飲んでしまうのは、病気の症状であって、原因ではありません。
私たちは、スリップする人に対して、病気の友人に対するのと同じように、同情と優しさを持って接することが望ましいのは言うまでもないでしょう。まして経験を分かち合える同病なのですから。
その一方で、私たちの経験はスリップにはたいてい明確な原因があることを示しています。風邪を引いているのに寒中水泳に出かける人に対するのと同じように、スリップ前の行動には厳しい忠告をするのが、本当の友人であり、本当の優しさでありましょう。
前者の態度はスリップという症状に対してであり、後者の態度はスリップの原因となった行動に対してであり、お互いに矛盾はしません。
その上で、ここはインターネットの掲示板であり、本人が望んだだけの情報しか開示されることはありません。だから、他の人がスリップの原因を推し量って忠告するのは難しいことです。また、スリップの原因は、後になって見なければ判らないことも多いです。そうであれば、ここでの私たちの態度が「優しいほう」に傾いてしまうのは、やむを得ないことではないでしょうか。
飲酒は常に私たちに不幸をもたらしますが、だからといってスリップが道徳的に悪だというわけじゃありません。犯罪を犯したわけでもないし、何よりも一番苦しんでいるのは本人です。僕は事情もよく分からないのに、単純に飲酒を叱責するようなことはしたくありません。
本当の思いやりとは、何が原因だったのか一緒に考え、これから具体的にどうしたらいいか相談に乗ることなのでしょう。残念なことに僕自身の中に、ネット上でそれをやるだけの余裕もなければ思いやりもありません。ただ次善の策として、
「また頑張ればいいよ」
とでも書くのがせいぜいです。悲しいかなそれが現実です。
「どういうわけか神は、ある人々を、他の人々より困難な人生行路に導かれることがある」
僕の知る、あるAAメンバーは、AAにたどり着いてから、現在のソブラエティが始まるまでに12年を要しています。今も昔も、彼は熱心なAAメンバーであります。
また別のメンバーは、AAに12年つながりながらも、最も長く酒を止めたのが半年だそうです。だが、彼に手を貸そうというメンバーはなくなりません。
僕の場合には、AAにたどり着いてから酒が止まるまでに必要だったのは、一年間という時間と、4回目の精神病院への入院だけにすぎませんでした。(それまでに12年のアル中ライフがあったわけですが)。僕は、他の人に比べれば楽な人生行路を歩ませてもらっていると思います。
僕は、先にあげた2人のAAメンバーを尊敬しています。なぜならば、彼らは僕より長く、継続的に断酒への努力を続けているからです。結果的には僕のほうが断酒生活は長くなってしまっていますが、それは神が僕に楽な道を授けてくれたに過ぎません。
世間は「結果」を評価するものです。断酒継続していればそれは成功であり、良いことであります。スリップしてしまえばそれは失敗であり、悪であります。その評価のありようは変えようがありません。
だが、それはあくまで「結果」にすぎません。大切なことは「努力」しているかどうかです。努力が結果に結びつきやすい人もいれば、努力がなかなか報いられない人もいます。それは運命のめぐり合わせであるとしか言いようがありません。冒頭の文章は、AAの共同創始者ビル・Wの言葉で、その後に「成功することではなく、努力することが求められているのだ」と説かれています。
僕はクリニックの空き時間に断酒会の会報「かがり火」を読ませてもらうことがあるのですが、定期的に「酒さえ止めていれば良いというものではない」という趣旨の記事が載ります。それは不断の努力の呼びかけでありましょう。
酒を断つということは、依存症の治療の大前提ではあるのですが、そればかりに囚われていると本質を見失ってしまいます。スリップそのものは、依存症のひとつの症状であり、結果に過ぎません。「スリップのない生活」は努力の結果として、後からついてくるもので、決してそれ自体が目的になるものではないでしょう。
大切なことは、私たちが一日一日努力を重ねているかどうかです。そして結果も一日一日現れるのです。
ここは意見交換の場所なのですから、意見の交換はいくらでもすれば良いと思います。
意見の違いはあるのが当たり前であって、統一見解を出す必要もないでしょうし。
ただ、乱暴な物言いは、この掲示板の魅力を損なってしまうので、慎んだほうが良いと思います。
前の投稿(14290)は、やまちゃんへの反論というわけではなくて、今回の「騒動」を契機に僕なりに再飲酒に対して考え直したことをまとめてみたわけです。
ついでに考えたことも書いておきましょう。
ある自助グループに断酒歴十数年という方がいました。僕は直接お会いしたことはありませんでしたが、きわめて熱心で、また人々の敬愛を受けているようでした。
ところがその方の奥さんが、病気で倒れてしまいました。懸命の看病にもかかわらず、奥様は亡くなられ、その方は再飲酒してしまいました。「天国の奥様は、あなたが再び断酒することを望んでいるはずだ」という周囲の説得にも関わらず、彼は失意のうちに1年もたたずに死んでしまいました。
この話を仲間にすると、「その人は回復が足りなかったのだろう」「霊的な裏付けが足りなかったのだ」という反応でした。
AAには、回復だのハイヤー・パワーだの、棚卸しだの埋め合わせだのと、いろいろと小うるさいプログラムがあります。ある程度順調に飲まないでいる人にとって、そういったものは、今を飲まないで過ごすには不要なものなのかもしれません。実際に、面倒なことを避けているAAメンバーは沢山いるし、彼らがすぐに飲むわけでもありません。
でも人生には変化がつきものです。苦難に対して耐えることができなければ、それは「ソブラエティ」(実直な生き方)としては貧弱に過ぎます。
どんなに長い間断酒しても、最後に飲んで死んでしまったのでは、あまりにもつまらない。酒による死という事実の前には、十数年の断酒の良さなど消し飛んでしまいます。飲まないことは大切なことです。今度飲んだら二度とやめられないのかもしれないのです。現実にやめられずに死んでいく人は沢山いるのですから。
依存症になるということは、人間にとって余りに過酷な運命です。その過酷な現実に対して、悠長にしていて良いわけはありません。死を招くのですから。
しかし人間は、過酷な現実を前にただ「飲まずに耐えろ」と言われてたやすく耐えられるものでもありません。ですから、具体的にこうすれば飲まずに生き延びる可能性が高いよ、という方法を提示してあげることが欠かせないのです。
僕はAAメンバーであり、自助グループ必須論者でもあります。
もし僕がこの掲示板に情熱を傾けるとするならば、「AAのプログラムというものがあって、真剣に取り組めば、かなりの確率で助かるよ」という言葉を繰り返すことになるでしょう。ただ、あまり手を広げすぎると何もかも台無しになることも経験上わかっているので、なるべくおとなしくしているつもりなんですが・・・。
定期的にある病院にAAのメッセージを運び続けて、この4月で7年になります。
患者さんは、短い人だと2ヶ月、長い人でも半年ぐらいで退院していきます。退院した後、その人がどうなっていくのか、その人がAAにやってこない限り、僕には知るすべはありません。言ってみれば、病院で患者さんの定点観測を続けているようなものです。
これだけ続けていると、2回目の入院・3回目の入院という人がどんどん現れます。そんな人の話を聞いていると(例外はあるけれど)版で押したように、同じような話です。
退院後すぐ飲む人は少数派のようです。退院後、数ヶ月か1年、場合によっては3年ほども酒を飲まないでいる人もいます。その間は、自助グループにもいかなければ、たいてい医者にも通っていないわけで、まさに独力での断酒が続いていくわけです。
しかし、理由はさまざまですが酒に手を出す日がやってきます(まあ理由は病気だからですが)。すぐに総崩れになるというわけでもなくて、しばらくは飲みながら社会生活を送れる人が多いようです。
そして、最後に酒に支配された生活をした後、また病院に戻ってくるわけです。
この1サイクルが2〜3年ぐらいというのが平均像でしょうか。6年周期という人もいました。ともかく彼らは退院すると新しいサイクルに入っていくわけです。
もちろん、退院後に幸せな生活を継続している人もいるのでしょうが、前述したように僕にはその存在は知りようがないのです。ただ、どう見てもそういう人の数は少なそうです。
アルコールというのは、どうやらその人の弱点を突いてくるようです。人生の困難にあって、弱りきったところに巧妙に入り込んで来る。飲んでしまったことに対して、一見もっともらしい理由をつける人もいますが、起きてしまった結果に比べれば、言い訳にもなりません。
飲まない決意を語る人は多いです。その場しのぎの言葉であることもありますが、たいていは心の底からの真摯な願いとして断酒を誓われます。しかし実際にはそれは、新しいサイクルの始まりに過ぎない場合が多いのです。
「一生飲まない」という誓いや決意は、実はとても虚しい。
僕にできることは「今日一日だけ飲まない」ということだけです。
人生の困難にあって、飲まないでいられるかと自問すれば「大丈夫だ!」と言い切れる自信はありません。難局を乗り切れるだけの「強さ」が欲しいです。
僕はその強さが自分自身に無いことを知っています。病院を訪問して得るものは、自分の無力の自覚です。
アサコさんへ
はじめまして。依存症本人のひいらぎと申します。
僕なりに、帰宅後の関与の仕方のアドバイスを差し上げたいと思います。
「放っておく」というと漠然としすぎているので、もうすこし具体的にしたいと思います。
それは「酒を飲む手助けをしない」ということです。
例えば「酒の飲みすぎで職場にいけない」→「代わりに電話するのではなく、本人に電話させる」「酔いつぶれて寝ていても起こさない」。
「怒って何かを壊す」→「後始末は壊した本人にさせる」。
「酒を買ってこいと言う」→「飲むなら本人に買いに行かせる」。
「暴力をふるう」→「警察を呼ぶ」(この事実を積み重ねると、処置入院という名の強制入院に結び付けやすくなります)。
「他人に迷惑をかける」→「自分で謝ってもらう」。
いままでアサコさんが抑え込んできたであろうトラブルを表面化させるのです。そしてトラブルの原因が「酒」にあることに目を向けてもらいます。
本人は、物事がうまく行かないのは「妻のせいだ」と考えて、あなたを恨むようになるでしょう。収入も不安定になる可能性があります。世間での評判も落ちるでしょう。
でも、それを通して、本人が「物事がうまく行かないのは自分の飲酒のせいである」と気づきがいつか訪れると期待しましょう。
医療につながって、断酒の道を歩き始めても、ぶり返しが何度も起こるでしょう。本格的な断酒にいたるまでには、年単位の時間が必要の場合がほとんどです。
アサコさん自身に考えていただきたいのは、どのように「自分が幸せになりたいのか」ということです。旦那さんと一緒に幸せを取り戻したいと願っているでしょうが、今後困難な道の途中で途方にくれたときには、「自分自身の幸せ」というものを考えてみることをお勧めします。
僕は「介入者」としては二流、三流です。実績もありません。このアドバイスが適切かどうも自信がありません。心に余裕ができましたら、介入の専門家(たとえばASKとか)のテキストを読まれることをお勧めします。
3つの否認
・飲酒の問題を認めない第一の否認
「自分にアルコールの問題なんかない。ちょっと飲みすぎただけだ」
「俺はアル中ではない、○○病である」
「酒なんかいつでも止められる」
「あなたの言うことは、他に人には当てはまっても、私には当てはまらない。自分は特別だ」
「病気だから飲んでいるのではない、○○が悪いから飲んでいるのだ」
・無力を認めない第二の否認
「酒なんかひとりで止められる」
「酒はただ止めればいいんだ。そのために医者や断酒会に通わなくても大丈夫だ」
「自分の意思の力で止められる。抗酒剤なんて必要ない」
・飲酒以外の問題を認めない第三の否認
「アルコールさえ止めれば俺は正常だ」
「断酒していても、仕事や家族の問題がうまくいかないのは自分の責任ではない」
「酒さえ飲まなければ、それで十分じゃないか」
家族の人も同じ否認にかかる場合もあります。
「うちの人はお酒に飲まれちゃうからいけない。酒は飲んでも飲まれるなです」
「うちの主人はあなた方ほど酷くない。今のうちなら大丈夫です」
「どうして自分の意思で止められないのですか? 医者や自助グループが何をしてくれると言うのですか?」
「あの人が酒を止めてくれれば私は幸せです」
「病気はあの人の問題です。それなのに、なぜ私が医者や自助グループに通わないといけないのですか?」
否認は必ずしも悪いこととは限りません。自分の心を防衛するための自然な反応です。
ですが、この病気は否認が強く働きすぎる病気で、その否認を取り崩して率直に現状を認め、助力の必要を認めることが、回復の第一歩であり、断酒継続の礎なのです。
自分の心は健康だ。不健康だとしても自分の責任ではないから、健康に戻すのは自分の責任じゃない。そんな話は耳にタコです。僕は別に怒っているわけでもなければ、責め立てているわけでもありません。
否認というのは心を防衛するための自然な反応です。どんなにやんわりとやっても、その否認に触ろうとすると、当人の心は激しい反応を起こしてしまいます。時には怒りの矛先が僕のほうを向いてくることもあります。どんなに慣れても疲れることには変わりありません。
自分のやり方の下手さで、チャンスが失われるのは心苦しいものです。
単に「大変ですね」という同情を与え、後は黙っていれば、自分も相手も傷つくことがなくてすむのでしょう。そのかわり「奇妙な安定」は保たれ、酒が止まるのは先に伸び、家族の傷は増えていくばかりです。
などと理屈を並べ立ててみても、酒害相談十何年という先達に比べればあまりに幼稚です。当地でもアラノンの活動が安定して、AAに見える家族の方も少なくなりました。余計ごとは言わずに黙していたほうが良いかもしれないと迷うこのごろです。
「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉もありますし。
とか言ったりして。「沈黙は金」というのは皮肉ですよ、かんたさん。
あるAAメンバーが言っていました。AAと山岳会には共通点がある。お茶菓子をつまみながら、人の死の話をするところだと。
「○○さん、元気かなぁ」
「ああ、彼なら死んだよ。自殺だったみたいよ」
「あそう。まだ若かったのにねぇ」
アルコール依存症の回復率は悪いです。最終的に断酒に至る人は、それなりの比率でいると思います。でも、例えば一回の入院を単位としてみた場合に、それを契機に安定した断酒にたどり着く人は少数です。
病院メッセージとAAミーティングを機軸に動いている私は、「今度こそ、この人は」という期待を、いつも裏切られ続けているわけです。だから、個別のケースの悲惨さに毎回感情移入していると、いわゆる「燃え尽き」バーンナウトしてしまいます。
もちろんご本人の話は共感を持って聞きますし、ご家族の話もできるだけ理解しようと努めています。しかし、燃え尽きてしまっては役に立ちませんから、感情移入はできません。そのために、少し冷たく突き放したスタンスに立っています。
毎度毎度、泣いたり怒ったりはできません。誰かが死んでも「ああ、そうですか」。AAのスポンシーが飲んでも「また一からやり直せば良いよ」ぐらいの反応しか出せません。
「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲むかどうかは馬しだい」
止める努力をするかどうかは本人しだい。嘆きや訴えは役に立ちません。
それでも、報われる確率は低くても、何かは続けていかないといけません。
僕は冷徹さによって自分を守っているのです。
それは、ご家族が死を願うことで自分を守っているのと、似ているのかもしれません。
そう思うと、自分の書いた文章が虚しくて、「沈黙は金」と書いてみたりしたのです。
Aさんは何度も何度も精神病院に入院した古強者でした。
最後は自分で稼ぐことができず、生活保護を受けていました。
「酒で死ぬなら本望だ」と言って、退院していきました。
アパートで一人で飲んでいる彼のところに、民生委員や断酒会の人、病院の入院仲間が訪ねましたが、「酒で死ぬなら本望だ」と言ってききませんでした。
肝臓が膨れ、腹水がたまってカエルのようになっても彼は飲み続けました。
訪れる人に彼は「死にたくねー、死にたくねーよー」と訴えるのですが、「じゃあ病院にいこう」というと、「それだけは絶対に嫌だ」といってききません。
死んだ後始末は福祉事務所の人がしてくれたそうです。
これは僕が初めて聞いた「酒による死」の様相です。
酒による死は美化しないほうがいいです。
スーさんへ
家族に見捨てられたことのない自分が言うのは大変おこがましいことなのですが、依存症の人の中には、家族に見捨てられ、生活の基盤を失ってしまうまで「酒が問題である」と気がつかない人がいます。
酒を飲んでいても成り立つ生活を続けていると、酒を止める必要性は感じないものです。
酒を止める人は、行き詰まりを感じて(底付き)方向転換します。
中には医者に言われただけで未来の危機を感じて方向転換できる人もいます。
けれど、客観的に見てどうしようもない状況なのに、やめられずに死んでいく人もいます。
離婚・失職・精神病院・家庭から放り出される・破産など、周囲から見れば悲劇にしか思えないものが、転機になることはしばしばあることです。
細かい状況がわからないので、一般的な話にとどめました。
アルコールは肝臓で分解されて、アセトアルデヒドという身体に有害な物質に変ります。アセトアルデヒドが分解されて、身体から酒が抜けていきます。アセトアルデヒドが身体に残っていると、少量の酒でも苦しくなります。その状態を作るのがシアナマイドです。
けれど、これは肝臓が比較的健康な人の場合です。
肝臓が相当ひどく、アルコールをアセトアルデヒドに分解する能力が悪くなっている場合には、酒を飲んでもアセトアルデヒドがそれほど増えないので、シアナマイドの効果が薄くなります。
アルコールとシアナマイドを両方使うのは、身体に負担が増えるだけなので、やめたほうが無難だと思います。
RnラドンやRaラジウムも放射線を出します。
体にいいわけありません。
放射線が身体の深部まで届き、そこの細胞を破壊します。破壊された分だけ細胞は再生します。つまり放射線で意図的に細胞を破壊することで、新陳代謝を向上させるのです。
もちろん浴びすぎはよくありませんので、ラドン温泉などには「何分ぐらいまで」という目安が掲げてあります。
『なぜ自分がこんな惨めで苦しく孤独な病気になったのか?
なぜ毎日こんなに辛いのか?
何のために生まれてきたのか?』
酒を飲む人はたくさんいるのに、なぜ自分だけがこの病気に苦しまねばならないのか?
これは例えば末期がんの人が、「健康な人はたくさんいるのに、なぜ自分ががんでこんなに痛い思いをして、死ななければならないのだろうか?」という苦しみ・悩みに似ています。
痛みには4種類あって、ひとつは肉体的な痛みです。これは身体の痛みですから判りやすいです。次が精神的な痛みで、これは依存症だと抑うつ状態とか飲酒欲求とかを例に挙げられるでしょうか。そして社会的な痛みは、精神病院への入院や、失職だとか、阿修羅さんのお話の中に探せば、家族の別居などでしょうか。
そして4番目が、スピリチュアル・ペインというものです。これはあえて日本語に訳さずに使うのですが、どうしても訳すなら「実存の苦しみ」とでもしましょうか。
じゃあ、スピリチュアル・ペインとはどんなものかと言えば、これはまさに、阿修羅さんが書かれたものそのものです。
「なぜ自分がこんなに苦しまねばならないのか?」
同じアルコール依存症でも、それぞれの痛みの度合いは違います。スピリチュアルな痛みの強い人もいれば、弱い人もいるでしょう。
そして、スピリチュアル・ペインを癒してくれる機能を持っているのが、断酒会やAAなどの自助グループです。
スピリチュアル・ペインを乗り越える力は、本人の中にあります。阿修羅さん、あなたの中にもその力があります。でも、その力を自分ひとりで取り出すのは難しいでしょう。そのためには、同じ痛みを抱えた人の集まりに出かけるのが一番です。
お仕事のこともあるでしょうが、都合をつけて出かけてみるのが、あなたの今の苦しみに一番良い薬だと思います。
自分で酒を止められない人に代わって、強制的に酒を止めさせてくれるのが入院です。
「ちょっとまだ自分には入院は必要ないかな」と思うのでしたら、今のまま続けていかれればいいでしょう。そうすれば、いつかは「入院しかない」と思える日も来るでしょうから。
僕らは酒を止めるときに、いつも「この瞬間から」ではなく、この酒を飲み終わってから、明日から、来週から、と先延ばしにしていました。自分で酒を止めたいのなら、「今」やめましょう。後でするという考えは成功しないでしょう。
飲まないで生きるということは、今日一日を飲まないで過ごすことの繰り返しです。
ともかく今日一日を飲まないのです。
明日何が起きるか心配する前に、まず今日飲まないでいることに専念しましょう。
「もう今日は飲んでしまったから」
という言い訳を自分にせずに、
「きょうはこれまでにしておこう」
にしましょう。
そして誰もが「最初の一杯に手をつけない」という方法で自分を守っているのです。
度の強い酒(スピリッツ)を飲み続けた挙句、胃が荒れて痛くて痛くてたまらなくなったことがあります。しかし内科医にその痛みを訴えても、「じゃあ何はともあれ、その痛みをとるのが一番先ですね」ってことにはなりませんで、胃の潰瘍を治す薬を出されただけでした。
飲みながら自殺未遂をしたおかげで行く羽目になった精神科医のところで、なぜか(精神科医だったらその疑問に答えられるのでは)と思ったので、「なぜ内科医は、僕の胃の痛みを理解してくれなかったのでしょう?」とたずねてみました。
医者はいわく、
「医者は胃カメラの写真を見たり、血液検査をしたりして、病気がどれだけ悪いか知ることはできる。だが痛さというのは計る手段がない。だから、あなたがどれだけ痛くて苦しいのか、それは本当のところは医者には分かりようがないのだ」
精神科医の書いた本を読むと、精神科というのは、内科や眼科や耳鼻科みたいに検査によって病気を判断することが難しい。経験をつんだ精神科医は、病気ごとに「病像」というものを持っていて、目の前の患者がどの「病像」に一致するかで判断を下しているのだそうです。
(もちろん補助的な手段も使うのでしょうけど)。
だから精神科医は、検査の代わりに、患者の心の中を知るべく、苦しみの言葉に耳を傾けれるけれど、それはあくまでも診察のためであって、共感をするためではないのでしょう。患者に対して、「この人冷たい医者」と思わせる発言があっても、それは逆に職務に忠実なのかもしれません。
医者に「気持ちを分かってもらいたい」というのは、しょせん無理な話だと、僕は思っています。
「酒を飲んでしまう一線」というのがあるように思います。
その線を越えたら飲んでしまうという状況だとか、精神状態だとか。
その「一線」というのは、同じ場所にとどまっていなくて、遠くにあって「とても自分が酒を飲むことがあるとは信じられない状態」だったり、逆に近くにあって「飲む準備をしている自分」を発見してびっくりしたりするのです。
また、自分のほうからもその一線に近づいたり遠ざかったりするわけです。
激しく疲れたり、激しく怒ったりしていると、その線へ近づいてしまうのです。逆に、のんびりとした環境であれば、おのずと線から遠ざかっていられたりするわけです。
だとしても、一線を踏み越えてしまうのは、やっぱり「飲む人」の責任という他はありません。どんな人であれ、自分以外の人の「酒を飲む・飲まない」について責任を取れる人はいないのですから。
それに、無理やり人に飲まされることなんてまずなくて、たいていは自分で酒を手にして飲んでいるわけです。
道の左半分を、道の外にも飛び出さず、センターラインからはみ出さず、自動車を運転することに例えられるかもしれません。どんなドライバーだって100%安全ではありません。だれだって事故を起こす可能性が残ります。100%安全だというのも、そうなれるというのも幻想に過ぎません。
同じように、スリップから完全に安全な依存症者がいるとは思えません。誰だってスリップする可能性を持っているのです。状況は変わるし、人も変わります。今日100%近く安全だからといって、今後ともずっと安全だというわけにはいきません。
僕は5年前にタバコをやめました。
先週金曜日はタバコをもくもく吸う知人たちに付き合って、居酒屋とカラオケで6時間過ごしたおかげで、帰宅後に風呂に入ると髪の毛までタバコ臭くて参りました。
いまではすっかりタバコ嫌いであります。
しかし、やっぱりストレスを感じると吸いたくなります。
タバコの好き・嫌いという嗜好ではなくて、ニコチンという薬物を求めているのです。
薬物中毒の人は、薬が好きでやっているのでしょうか?
処方薬や覚せい剤の匂いや味が好きでハマっている人なんていないでしょう。
彼らは、好き・嫌いを超えた、薬物の効き(効能)を求めているのです。
ワインよりビールがすき、ビールより日本酒がすき、これが嗜好です。
アルコール依存症者が求めているのは、ビールの味ではなく、その中に入っているアルコールです。
味そのものを求めているなら、低アルコールのビールもどきを一本飲めば満足できるはずです。でも、アルコール依存症者はそんなものでは満足できません。
どんなに酒が嫌いになっても、アルコールという薬物がもたらしてくれる「酔い」という報酬は脳の回路から消えてはくれません。それこそが危険の元凶です。
シアナマイドを飲ませた患者に、ゆっくりビールを飲ませるという「嫌酒療法」でも、効果があるのは半年から数年ぐらいです。
酒が嫌いになるというのは、安全装置になり得るのでしょうか?
断酒のための基本スタンスは「今日一日飲まないでいる」ということに尽きると思います。
アルコール依存症の人に「素直」な人は、まず滅多にいませんね。
人から何か言われて「はい、わかりました」とか、「私が間違っていて、あなたが正しかった」とはなかなか言いません。
人間にはプライドがあって、意見をひるがえして別の意見を支持するのは「恥」だと感じます。自分が間違っていたことを認めるのは、ある種の「負け」に感じられます。
アルコール依存症の人には、特にこの傾向が強いみたいで、頑固な人が多いです。
一見素直に「はい」と言っていたって、はらわたの中は煮えくり返っていたりします。
そういう自分もアル中であって、この法則の例外ではありません。
だからこそ、「アル中集まるところに騒動絶えず」ということが良く理解できます。
もともと、人に言われて酒を慎める人間だったら依存症にはならないでしょう。人に言われて酒を止められるなら、10年の断酒だって難しくはないはずです。でも、そうではなかったわけです。アル中のプライドは果てしなく高いのです。
プライドばっかり高いくせに、「周囲がもう少し自分を尊重してくれてもいいはずだ」と思っているのがアル中です。
邪魔なプライドを捨てて、人の話に耳を傾けるのが、私たちの回復の道ではないでしょうか?
アルコール依存症の上に、うつ病も持っているので、精神科医にはいまだに通っています。
抗うつ剤のほかに、抗酒剤も処方されていました。
シアナマイドだと湿疹ができるので、粉のノックビン(ジスルフィラム)を服用していました。
一回の服用分ごとに抗うつ剤と一緒の袋に調剤されていたので、抗うつ剤だけ飲んで、抗酒剤は飲まないってことはできませんでした。
僕の周りのアルコール依存症だけの人は、酒を止めて数ヶ月か一年ぐらいで、医者通いを止めてしまいました。同時に抗酒剤も止めてしまっていました。
ときどき医者に「僕ももう抗酒剤をやめてもいいんじゃないですかねぇ」と言ってみるのですが、医者は取り合ってくれませんでした。
医者に「そろそろもういいでしょう」と言ってもらうのに3年かかりました。
抗酒剤を飲み続けた意味があったのかどうか、それは分かりません。
AAの仲間に「自分の考えを使うな」とよく言われていました。
アル中の狂った(と言って悪ければバランスの悪くなった)頭で考えても、結論は間違っていることが多いのです。
僕は自分の意思を使わずに、医者を信頼することにしたのでした。
抗酒剤なしでも無事にやってこれたかもしれません。でも「たら、れば」には意味がありません。
確かなことは、抗酒剤は飲んでも損はなかった、ということです。
アルコールは言ってみれば麻酔薬であります。
麻酔薬と同じように痛みや意識を薄くさせます。
これを常用していると、中枢神経は、アルコールが体に入った状態でバランスをとるようになります。つまり、普通の人にとって「しらふ」が普通の状態であるように、大量飲酒者の体にはアルコールがあるのが普通でバランスが取れた状態になってしまうのです。
そこでアルコールを抜くと、中枢神経はバランスを失って失調してしまいます。人によっては幻聴を聞いたり、幻覚を見たりします。いわゆる禁断症状です。
お母様が飲んでいたころは精神状態が普通だったのが、酒をやめた以降に心身の不調が起こったのは、おそらくアルコールの禁断症状ではないかと思います。
もちろん脳梗塞の影響が出ている可能性はありますが、飲んでいたころには記憶がしっかりしていたことを考えると、現在の症状はアルコールの影響が一番大きいと思います。
とりえあえずアルコール依存症の病院に入院してもらって、そこでほかの病気がないか調べてもらえば良いのではないでしょうか?
中枢神経がアルコールなしの状態でバランスを取り戻すのには、何日か何週間かかかると思いますが、他の病気がなければ、記憶障害や食事や排便の不調はきっと良くなると思いますよ。
『みなさんはどうやって断酒に成功しましたか?』
なかには、酒をやめることはそれほど苦労がない人がいるようです。
酒をやめ続けることは難しくても、一日や二日は楽に酒をやめることができる人です。
でも、おおかたの依存症者は酒を切るのに苦労しています。
次の一杯に手を出さないように、じりじりと我慢で耐えている瞬間があったはずです。
飲みたくて飲みたくてたまらない体の欲求を押し殺していた日があったはずです。
それを自宅のベッドで過ごしたか、精神病院の鍵のかかる部屋で過ごしたかは、人によって違いがあるかもしれません。
禁断症状に負けて飲んでしまい、また一からやり直した経験を持っている人はごまんといるでしょう。
でも確かなことはひとつあります。その苦しみを乗り越えることはできるということです。
どうしても自分の意志で酒を切ることのできない人には、入院という手段が残されています。そこでは物理的に酒から隔離してくれる環境が整っています。
抗酒剤だ、自助グループだ、インターネットの掲示板だと言っても、それは継続の苦しさを乗り越えて行くための手段です。でもその前に、まず酒を切ることから始めなければ始まりません。
「意志が弱い」と多くの人が言いますが、それは病気の症状に過ぎません。
「まだ時間のあるうちに心底やめたいと思うアルコホーリクはほとんどいない」とAAのテキストにあります。多くの人が、大切なものを失い、人生を無駄にしたと思うようになってから、ようやくやめたいと思うもののようです。
決めるのはあなた自身です。
昔、読んだ記事に、アメリカで行われた研究では、アルコール依存症と診断された人のうち、自助グループによるケアも、医療によるケアも受けずに「飲まずに死ぬ」ところまでたどり着けた人は「約37人に1人」だったそうです。
残りの97%の人は、治療施設か自助グループに通って酒が止まった状態で死ぬか、死ぬまでの間に「スリップ」してしまったということです。
ネットが自助グループの代わりになるかというと、「なる部分もあれば、ならない部分もある」と思います。足りないのは「生の」人間関係だと思います。
たとえば商船に乗っているAAメンバーだとか、アフリカの奥地に住んでいるAAメンバーだとか、「定期的にミーティングに出席する」ことはできない人たちがいます。そういう人を「ローンナー」と呼んでいます。
こういう人たちは、ミーティングの代わりに無線とかインターネットとかテレックスとかで仲間と連絡を取り合ってAAプログラムをやっているわけです。
AAのメンバー数のページの、Lone Membersの数を見てください。
世界中に2百万人のAAメンバーがいるなかで、生のアル中と会わずに酒をやめていけるのは、たったの200人です。
それだけ孤独に酒をやめていくことは難しいってことだと思うんです。
掲示板とオフ会は、やっぱりここの両輪だという気がしています。
29日に上京する件、まだ妻には話していません。(無事に許可が出ますように)。
皆様にお会いできるのを楽しみにしています。
LUNAさん
いや責めてる訳じゃないんですよ。そう取られたらごめんなさい。
あのとき、全然反応がどこからもなかったんで「独り相撲」だったかなぁ〜としょぼくれていた次第です。
いままでで一番反応があったのが「もうひとつの12のステップ」でした。
「心の家路」の中身は自由にプリントアウトしてくださってかまいません。ネットに公開するということは、読む人にプリントアウトしたり、それを配ったりする権利を与えているものだと思っています(実費以上の料金を取ってとなると疑問ですが)。
サイト管理者ってのは、アメ(おだて)とムチ(苦情)でもって働かせるものですから。
それから、二郎さん、クリームさんと同列に扱ってもらうほど、回復も成長もしちゃおりませんよ(笑)。
決して言葉狩りをするつもりはないのですが、「スリップ」という言葉が安易に使われている様な気がして、釘をさしたくなってしまうのであります。
AAの「44のQ&A」というパンフレットに、こう書いてあります。
「AAに参加しながらずっと飲まないでいた人が、再飲酒することがあります。
このような再発を、AAではよく“スリップ”と呼んでいます。
単なる再飲酒のことをスリップというのではなくて、飲まないために積極的な行動をしていた人が、何らかの理由があって回復の道からそれてしまって飲んでしまうことを「スリップ」というのです。
単にお酒を我慢する生活を続けていたのが、ついにこらえきれなくなって飲んでしまったことを「スリップ」とは言わないのです。それは単に「まだお酒が止まっていなかっただけ」にすぎないのです。
「たいていのスリップには明確な理由があり、偶然のスリップはめったにない」と言います。言い訳めいた理由しか出てこないのであれば、それはやっぱり「お酒が止まっていなかっただけ」でありましょう。
すべての再飲酒をスリップと呼びたい人は、そう呼ぶ自由はあると思います。
ですが、本来の「スリップ」という言葉は、こういう意味だったんだよ、ということをお伝えしたくて、投稿いたしました。
トミイさんへ
どうにか、断酒を決意させたいのですが。どうしたら前向きに断酒に取り組んでいかれるでしょうか?難しいでしょうか?
馬を水辺に連れて行くことは出来ますが、水を飲むかどうかは馬次第です。
ただ、知識としてアルコール依存症がどんな病気なのか知らないことには始まらないと思います。そのためにはアルコール病棟への入院は良い機会になると期待していいと思います。
しかしながら、僕がAAのスポンサー(ガイド役)から言われた言葉は、「頭でわかった知識じゃだめだ、肌で感じないとだめなんだ」ということで、実際にアルコールの害を受けた人々とそこからの回復の体験を聞くこと、つまり断酒会や自助グループへ参加することが、「前向きになる」ためにも必要だと思います。
特定の団体を支持するわけではありませんが、ASK・アルコール薬物問題全国市民協会のページには、役立つ情報や本、ビデオなどの紹介があります。通信教育もしているようです。
悩んでいる人へ
『入院しないで断酒に挑戦するのは無謀なのかも知れませんが本人は本気です。』
僕は何度となくこれに挑戦した人間です。
入院したくない気持ちはとてもよくわかります。
でも、そうやって酒を切っても、また数日後には飲んでしまうんですけどね。
医療者でない人が出来る方法:
アメリカのアルコールケア施設(の一部)で行われている方法です。
『男が女を愛する時』にもすこし場面がでてきます。
要するに隣にいて見守ってあげることです。
手を握ってあげる。噴き出す汗を拭いてあげる。話をしてあげる。
孤独でないということが人を強くするのでしょうね。
とても冷たいことを言うようですが、自分で酒を切ろうとして失敗を繰り返していくのも、アルコール依存症が進行していく過程のひとつと言えます。何度でも失敗を繰り返し、成功してもまた飲んでしまい・・、そうしたあげくにやっと「酒に対して無力であること」、「助力を受ける必要があること」を認められるのでしょう。
あなたの友人が自分一人で断酒できない方が、回復には近道なのだと思います。
たとえば糖尿病とか高血圧など最近では「生活習慣病」と呼ばれるようになった病気を考えてみます。糖尿病の場合、糖尿病になった人の家族親戚には、たいてい糖尿病の人がいます。これは糖尿病がある種の「遺伝病」であることを示しています。
家族親戚に糖尿の人がいない人は、糖尿になる人と同じ食生活を続けても、糖尿病になる可能性は低いものです。
だからといって家族親戚に糖尿の人がいる人が、全員糖尿病になるかというと、そういうことはありません。「生活習慣病」の名前の示すとおり、正しい食生活を心がければ防ぐことができる病気です。
ですが、正しい食生活を心がけても糖尿になってしまう不運な人もいれば、乱れた食生活をしていてもならない幸運な人もいます。
つまり、遺伝+生活環境+運というものが発病を左右していると言えます。
うつ病というのも似ていて、遺伝の要素があって、一卵性双生児の場合に片方がうつ病ならもう一方もうつ病になる確率は50%だそうです。しかし、全く同じ遺伝子を持っていても半分は病気にならないのですから、環境要素(ストレスなど)も大きな要因です。この病気も、遺伝+生活環境+運という関係があるのでしょう。
さて、アルコール依存症と遺伝に関する研究がアメリカと北欧で行われました。一卵性双生児の片方がアルコール依存症になった場合、もう一方がなる確率は「普通の人の4倍」だったそうであります。つまり依存症は「ある程度」遺伝の病気であることが明らかになりました。
一方、一卵性双生児が養子として別々に育てられたケースを追った研究もあります。養父母がアルコール依存症である場合でも、養子が依存症になる確率はほとんど上がらなかったそうであります。「アル中の親に育てられたからアル中になった」という理由付けはとりあえず否定されます。
アメリカでも北欧でも、人口の大部分を占めるコーカソイド(白色人種)は、先天性の下戸という人が少ないのです。一方日本人を含むモンゴロイド(黄色人種)は、アセトアルデヒドを分解する酵素を作る遺伝子を欠いていて「酒が飲めない」いわゆる下戸の人がかなりの割合でいます。ということは、モンゴロイドの間では、アルコール依存症はより強く遺伝すると考えられます。
さて、ここで先の糖尿病とうつ病の例をひきます。
親がアルコール依存症でも、その子供が全員依存症になるわけではありません。やはり環境が左右している部分が大きいことがうかがわれます。また依存症は、長子に少なく、末子に多いという調査もあり、家庭環境の影響も否定できません。
やはりこの病気も、遺伝+環境、それに運が関係するのでしょう。
もちろん、家族親戚に依存症の人が一人もいない依存症者もたくさんいるでしょうから、依存症を遺伝病と決めつけるのは早計というものですが、遺伝の要素があることは無視してはいけないことでしょう。
自分は酒をやめた後も、さきイカやら柿ピーやらといった酒のつまみのような食べ物が好きで食べています。次女は見向きもしませんが、長女は好きなようで食べたがります。性格も父親の僕に似ているような気がします。
AAメンバーの親や兄弟も依存症であるという例は珍しくなくなってきました。
年配のAAメンバーの場合には、息子や娘が依存症になったり、病名こそもらっていないもののブラックアウトなど依存症特有の症状を見せてとても不安であるという話も聞くようになりました。アメリカでは親子3代AAメンバーという例もあるといいます。
僕は「地域に根ざしたAAという自助グループ」を、父親である僕が娘たちに残すべき財産、もしくは保険であると思うようになっています。
親が糖尿の人には、保健婦さんが保健指導で「生活習慣病に気をつけましょう」と指導するようになっています。親が依存症の人には「習慣として酒を飲むのはやめましょう」と指導されるようになれば、酒の害もずいぶんと減るのかも知れません。しかし、国も酒造業界も酒の害について強調することには消極的であるようです。
厚生労働省の調査では、アルコール依存症の人は全国で約82万人だと推計されました。僕もその一人であります。
全国の精神科のベッド数は三十数万床。そしてそのうち5万がアルコール依存症ではないかと言われています。これは統計を取ったわけではなくて、医療保健関係者のなかで「実感」として言われた数字であります。
この5万人は、しょっちゅう入れ替わっているわけですから、入院経験を持った人は、この何倍もいるのでしょう。しかし「精神科入院者・入院経験者」というグループには、どんどん新入りさんが入ってくると同時に、ほぼ同じだけの人が「死亡」という原因によって出て行ってしまうわけです。
このグループの人数がどれだけいるのかわかりませんが、82万人の過半数を占めているとは思えません。精神科に限らず、内科も含めれば、だいぶ数は増えるかもしれませんが、入院したことがないという人はまだまだたくさんいるでしょうね。通院止まりという人もたくさんいるでしょうが、この病気が「通院だけですんでいる」ステージに長く留まらせてくれないために、通院グループの人はそれほど多くないのじゃないでしょうか?
症状の軽重はともかく、治療に結びついていない依存症者はごまんといると思われます。
なぜ治療に結びついていないのか、そこを通り過ぎてしまった自分には不思議にしか思えないのですが、翻って自分の過去を思い出してみると、依存症らしい症状が出始めたのが21歳ぐらいですが、精神科に行ったのは自殺未遂をした28歳の時で、この間に7年かかっています。しかし、飲んでいる量を正直に申告しなかったので「依存症」という病名はつかず、専門病院で依存症と診断されるまで3年かかっています。そこから酒が止まるまでさらに1年半です。
「問題ない、助けてくれなくていい」が「助けてほしい」に変わるまで、実に10年以上かかっているのです。
「もう助からない」といって見捨てる医療者・援助者がいるのは不思議なことではありません。この病気は大半が最終的に酒が止まらずに死んでいくのが現実です。「助かる・助からない」に感情的に移入していたら、すぐにバーンナウト(燃え尽き)してしまいます。ドライに割り切らないと仕事としてやっていけないのであります。
自助グループにいる私たちは「成功例」をも目にしますが、病院のスタッフは「失敗例」に関わることをもっぱらの仕事をしており、報われない仕事だという感覚につきまとわれると聞きます。
最後に「春の雨」さんに、一言お伝えしたいです。
僕は一人暮らしの頃、酒で胃が荒れてふつうの食事はできなくなり、酒ばかり飲んでいました。その酒すらも胃が受け付けてくれず吐いてしまうことも多く、なんとか胃に収まってくれるまで何度も飲む必要がありました。当時は大人用おむつが一般的ではなかったので、しょっちゅう下着を汚していました。出てくるものといったら、便と言えるものではなく、まだアルコールのにおいのする液体でした。
そんな生活を何ヶ月どころではなく(断続的ですが)何年も続けたのです。
同じ年で、あっけなく死んでしまった仲間もいます。でも、人間の体とは実はおそろしく強靱にできているものだと思います。弟さんの命がもうすぐ尽き、ご両親の苦しみがもうすぐ終わると決まったものでもありません。
二郎さんへ
『内科への入院も無い方や、私のような専門病院へは通院だけ、あるいは専門病院へは行かれず自助グループだけの方、様々な方々がいらっしゃるのだと思います。その数は、統計を取らなければ、把握できないものではないでしょうか。』
確かに統計を取らなければ正確な数字は出てこないだろうと思います。
しかし、統計を取るまでもなく、このグループの数字はそれほど多くないだろうことは簡単に予想できると思います。
自助グループ必須論者の僕としては、あまり引き合いに出したくない話ですが、アルコール専門医の方のお話で、「自助グループに通ってやめている人と、医者
だけに通ってやめている人と、だいたい同じぐらいの数がいるのではないか」という感想を伺ったことがあります。
自助グループの中でも、通院だけという人でも、入院経験のない人は少数派ではないかと思います(これは僕の実感ですが)。
『『「助かる・助からない」に感情的に移入していたら、すぐにバーンナウト(燃え尽き)してしまいます。ドライに割り切らないと仕事としてやっていけないのであります。』
仕事としてはドライに割り切る必要はあると思いますが、治療方針に本人の意思を基本にすることとは、別問題ではないでしょうか?』
二郎さんのように、進んで治療を受ける人もいるのでしょうが、病気であることを認めることすら拒み、治療に結びつこうとしない人もたくさんいるでしょう。
この病気は「否認の病気」で、「本人の意思を尊重する」と治療にならない病気でもあります。
本来であれば、医者と患者は「治療契約」を結んで、患者は医師の指示に従うことが前提です。いちいち契約書にはんこはつきませんが、暗黙のうちに契約を
結んでいると考えられるわけです。ところがこの病気の人は、一方的に契約を破棄して治療放棄してしまうことがおうおうににしてあります。そうした事例に対しては、治療者としても冷淡にならざるを得ないでしょう、というのが論旨であります。
積極的に治療する意志があるのに、診療機関から治療を拒まれるというケースは滅多にあるものではないと思います。
否認を乗り越えて、本人に治療の必要性を納得させるのは、治療者・援助者の力量の見せ所なのでしょうが、診療報酬が他の科より安く抑えられている精神
医療の現実や、保健所のアルコール担当者の頻繁な交代、老齢介護などの仕事と一緒くたにされている市町村の援助職者などなど。治療者・援助者すべてに
アルコール問題への関心と力量を求めるのは酷というものです。
強制力を持って治療をするには、それこそ医療保護入院や処置入院という手段しかないわけで、「底尽き=治療の自己責任の認識」が起こるまで放っておく
ことが時には最善の選択であるかもしれません。
最近は依存症の社会的認知度も上がり、比較的早い段階の人にも依存症という診断がくだされるようになりました。「底尽き」の「底上げ」なることも言われ大切なものをあまり失わない段階から治療に結びつく人が増えてきました。こうしたネット上の場も、そのことに寄与しているのでしょう。それは大変によいことだと思います。
しかし、(軽症とは言わないけれど)早い段階の人が増えたことで、大半が死んでいく病であるという現実認識が薄まっているようにも思えます。
東京都内のある病院では、断酒成功率が50%を超えたと喧伝している例もありますが、実際にその病院の医師に伺ってみると、「成功率が良さそうな患者を
選別して入院させているだけで、結果が良くなるのは当たり前のことだ」という内部批判でありました。
自己責任が厳しく問われる病気であると思います。
しかし、同時に断酒が成功した人は、何かが優れているというよりは、単に幸運に導かれているという気もします(むろん本人の努力あってのことでしょうが)。
逆に、断酒できずに死んでいく人が、何かにおいて劣っているというようにも考えたくはありません。
運とか運命という言葉に、何かを感じるこのごろであります。
二郎さんへ
統計については、結論を出すまで論じ合う話題でもないと思いますので、ここらへんでおいておきます。
『 『保健所のアルコール担当者の頻繁な交代、老齢介護などの仕事と一緒くたにされている市町村の援助職者などなど。治療者・援助者すべてにアルコール問題への関心と力量を求めるのは酷というものです。』
同感です。システムの改善を求めなければ、命を落とさずにすむアル症者の命が、今後も失われ続けるのではないかと危惧しております。』
あまり政治的な発言は避けたいのですが、システムの改善にはお金が必要だとおもうのです。「自動車取得税」と「地方道路税」は道路整備のための目的税ですし、「自動車重量税」「自動車税」も普通税ですが、道路の整備に多くが使われます。
アルコール販売には「酒税」が課せられますが、これは普通税で、特段アルコール医療に役に立っているわけではありません。しかし、アルコールによる経済的な損失がとても大きいものであるのに、酒税の一部でも目的税として、アルコール医療だとか、依存症の予防啓発に使おうという動きはありません。
せいぜいビール業界が団体を作って、未成年の飲酒をたしなめる広告をだしてお茶を濁している程度であります。
アメリカでは60〜70年代にアルコール問題が深刻化し、その結果としてヒューズ法のような法律ができたり、治療施設が整ったり、治療プログラムができたりし、さらにはアルコール問題を扱う政府部局もできました。
「依存症者が良くなるためには、いったん(底つきまで)悪くなる必要がある」
「同じように、アルコールに対して世の中が良くなるには、いったん問題が深刻化する必要があった」
というのが、アメリカという国の経験だというのが私見です。
若年性アルコール依存といっても最近では高校生の依存症が問題になっているようです。
それでも、もっと問題が深刻化しなければ、世の中は変わらないだろうという諦念を抱いております。
れんげさんへ
「神は人間がお互いを必要とし合うように我々を作られました」
「たまに友人と衝突することは、一貫した絶え間のない孤独の痛みよりはるかにましです」
(『「うつ」をやめれば楽になる』やっかいな心の荷物をおろしなさい、より)
人との交流は、時に軋轢を生み、苦しみの元ともなりますが、そこから得るもののほうが多いものです。自助グループとは、まさに人との交流の場であると思います。自助グループから何を学ぶかは、人それぞれであるように思います。ただそれを楽しんでいる人もいれば、それを人生の大きな目的のひとつに据えている人もいます。
ニワトリ小屋に入って座っていても、ニワトリにはなりません。
同じように、自助グループの会場に行って座っていても、別な人に作り替えられてしまうわけじゃありません。
リンゴを食べたことのない人に、リンゴの味を説明するのは難しいです。リンゴが好きになるかどうかは、食べてみないとわかりません。
自助グループが自分自身にとってどういう意味があるかは、実は僕自身のことはよくわかりません。ただ、一緒に参加している人を見続けていると、ゆっくりとであったり、急速にであっったりしますが、明らかに良い方へ変化していると感じられる場合が多いです。一方で、悪くなっていって、しまいにはまた飲んでしまう人も多くいます。
いつだって、自分自身のことは、自分が一番よく分かっていないのかも知れません。
れんげさんへ
「限りなく理解に近い理解」まさにそのとおりだと思います。
「私たちは「いろいろな状況」が自分を酒に駆り立てるのだと思い、その状況の修正に努めてみた。(略)状況を変えることよりも、それに直面する自分自身を変える必要があるとは思ってもみなかった」
(『ビルはこう思う』〜AAという生き方 より)
昨日のミーティングはここがテーマでした。そして「飲まなきゃ、いんだろ」という生き方から、状況をあるがままに受け止める生き方へと変わっていく分かち合いをしました。
アルコール問題などの啓発活動をしている ASK の代表をしていらっしゃる水澤先生のお話では、「自助グループに自主的に参加しても、強制的に参加させても、回復率は変わらない」そうであります。
どんな気持ちで自助グループに参加しても、変わる人は変わるし、変わらない人は変わらない。本人が変わりたいと望んでも変われるとは限らないし、変わりたくないと思っても変わっていく場合もあるのでしょう。
僕は断酒継続には自助グループへの参加が欠かせないという「自助グループ必須論者」です。自助グループは「人の集まり」にすぎません。でも何かの条件が整ったときに「人の集まり」に「不思議な力」が備わって、病を癒すのだと思っています。
人生は長いです。そして、いったん依存症になった人は、一生依存症です。
だから、自助グループに参加するかどうかも、一生のどこかで決めればいいことだと思うのであります。
『「一杯だけ飲んで、きっぱりやめる」、今のひいらぎさんなら出来る可能性大だと思います。私は出来たとしても、後が怖いので飲みません。』
その「一杯」の対価は数百円の現金ではありません。
それは僕の銀行口座の残高すべてであり、現在の職業であり、家族であり、友人たちの信頼であり、精神病院の外で自由に暮らす生活であり、はたまた自分の命そのものです。
AAに通って酒が止まって、AAから離れたことがありました。断酒6ヶ月目だったと思います。うれしいことがあり、いつも仕事帰りに寄っているコンビニに寄って、ジュースの棚を眺めていたら、ふと隣の棚にもっと魅力的なものがあるのが目に入りました。
(お祝いだから、一杯ぐらいいいだろう)
そう思って、カクテルを一缶買って帰りました。ジン・フィズだったと思います。
それを飲んでぐっすりと眠り、翌朝すっきり起きられて(ああ、なんだ俺、アル中じゃなかったんじゃん)と思いました。でも、また今日も飲んだら、元に戻っちゃうかも知れないから、もう飲まないでおこうと思いました。
一週間後、同じコンビニの同じ棚の前に立っていました。別にうれしいことがあったわけではないのですが、やっぱりカクテルを一缶買って帰りました。あのときだって大丈夫だったんだから・・・。
それを飲んでぐっすりと眠り、翌朝すっきり起きられて(ほら、やっぱり俺、アル中じゃなかったんじゃん)と思いました。そして、その晩に飲むために、酒屋で1リットルの缶ビールを買ってきました。翌日から連続飲酒が始まりました。
酒が止められて、現在のソーバーが始まるのは、その半年後のことです。
「一杯だけ飲んで、きっぱりやめる」、二度と試してみようとは思わないですよ。
『一杯ではすまない!んですね。』
AAの本に熱いストーブのたとえ話が載っています。
ストーブにさわって火傷した人間は、熱いストーブには触らないことを学びます。
しかし、依存症者は、最初の一杯に手を出す瞬間に、たった数ヶ月前か数年前の恥ずかしい経験を思い起こすことができないのです。なぜそうなのかはわかりません。そうして飲み始めてわずかの間に、一番ひどいときと同じところまで逆戻りしてしまうのです。
僕はAAの活動の一環として、8年以上同じ精神病院を訪問しています。一回目の入院という人よりも、再入院という人が多いのですが、中には何年間か(医者も自助グループもなしに)飲まずにやってこれたという人もいらっしゃいます。
その人たちもきっと、「熱いストーブに手を出せば火傷する」ことを忘れてしまったのでしょう。
だからといって、その人たちを馬鹿にしているわけではありません。逆に、僕の代わりに貴重な実験をしてくれた人たちであり、その話をしてくれるわけですから感謝しています。
飲んでいた頃の記憶は次第に曖昧になりつつあります。恥ずかしさや悔しさや苛立ちも、記憶の記憶でしかありません。布団の中で(はたまた電車の中で)液体状の大便をパンツの中にもらした恥ずかしさも、胃が荒れて酒を飲んでも吐いてしまい鼻からつたって出た胃液の酸っぱさも、真冬に何キロも先のコンビニに酒を買いに行った時の寒さも、もう思い出です。
ストーブで火傷したことは覚えていても、火傷した時の痛さは忘れてしまっているのです。
そして最初の一杯の前に理性は役に立ってくれないのです。
でも、同じ病気の仲間に会えば、たちどころに自分が何者か思い出すことができます。飲んだくれが自分の本当の姿で、今の自分の生活は「今日一日飲まないこと」の積み重ねを条件に与えられた仮の姿にすぎないことを。
僕は自助グループ必須論者ですが、強引に誰かを説得するということはしません。
誰かに説得されてAAにやってきたわけではなく、アルコールという熱いストーブが僕をAAに招いてくれたのです。だから僕にも説得はできないのです。
シアナマイドを少量使えば節酒も可能かも知れません。
しばらくの間(数週間か数ヶ月か)週にコップ一杯の酒が守られたとしても、不思議ではないかも知れません。
でも、節酒中(あるいは期限を決めた断酒中)は、アルコール中毒者の心の中で、飲酒欲求がダムの水位が次第にあがるように鬱積していきます。
いつか心のダムが決壊し、浴びるように飲むようになるというのがオチでありましょう。
依存症と診断されたのに、元のように節制して酒が飲めるようになったという人には会ったことがありません。
「週にコップ一杯だけ飲ませて欲しい」というのは、結局のところ酒は止めたくない言っているのに等しいことです。
依存症からの回復に(いやどんな病気からの回復にも)必要なのは「良くなりたい」という願いです。依存症の場合には酒を止めるのが治療です。しぶしぶながらでも、嫌々ながらでも、酒を止めるしかない、止めてみたいという願望が芽生えるまでは、治療は始まりません。
どんな手段を取っても酒を節制して飲むことはできなかったと、本人が納得するための過程だとするなら、「抗酒剤と週にコップ一杯の酒」につきあってあげるのも手かも知れません。
春の雨さんへ
まずは弟さんの入院にこぎ着けられまして、やっと最初の一歩といったところでしょうか。
入院に「おめでたい」ということはありませんが、治療が進んだという点では吉報ですね。
ご苦労様でした。
まず「かなり進んだ肝硬変」ですが、アルコール性の肝硬変の場合はそれほど深刻な状態ではないと思います。肝硬変の治療は「安静」「高タンパク・高ビタミン・低カロリーで油の少ない食事」「ビタミン剤の服用と点滴」が主になるでしょうから、内科病棟にいても、精神科病棟にいても、できることに違いはないと思います。
「かなり進んだ肝硬変」を抱えていると言うことは、アルコール依存症の症状が重いと言うことでもあり、アルコール依存症の治療を優先させるためにも、精神科病棟へ移ることは不合理ではありません。内科入院中に再飲酒してしまえば、肝硬変の治療どころではないからです。
ご存じだとは思いますが、アルコール依存症は精神科領域の病気で、入院先も精神科病棟となるのがふつうです。中には内臓疾患で内科への入院だけで断酒につながっている人もいらっしゃいますが、治療の基本は精神科であり、内科的治療は「また飲める体に治してくれるだけ」にすぎません。
僕自身は入院になったころは「γGTPも上がらないくらい肝臓がダメージを受けている」状態でした。
γGTPは肝臓が壊れていく数値(微分値みたいなもの)ですから、壊れきってしまうとγGTPの数値は上がらなくなります。100に満たない数値でした。よく
γGTPが数千というお話を伺いますが、まだそういうかたは健康な(部分の残っている)肝臓の持ち主であります。
そんな自分も、断酒継続の結果、現在では「肝臓の治療の必要なし」という状態になっています。
「抗酒剤が使えない」という話はよく伺いますが、これも(二郎さんの書かれているとおり)医者によって判断が分かれるところだと思います。たしかに抗酒剤には肝臓の機能を妨げる働きがありますので、肝臓の治療の妨げになる可能性がありますから、抗酒剤を飲まないという選択もあると思います。ただ、再飲酒のほうがもっと肝臓には悪いわけですから、肝臓が悪くても抗酒剤を飲む人もいます。しかしながら、抗酒剤は「断酒する」という意志がはっきりしている人でないと、事故の元になりますので、本人の病識や入院歴なども勘案して決めることになるのだと思います。
何にせよ、内科より精神科に転院になるというケースは依存症の治療としては珍しくない(というか一般的)です。精神科への入院を前向きにおとらえになって、安心されるのがよろしかろうと存じます。
春の海さんへ
まず僕自身は精神科医でも何でもないアマチュアであることを、改めて強調しておいてから話に入りたいと思います。
『入院以来日に5回から10回も電話をかけてきて』
というのは普通の精神状態ではないように感じられます。一種の狂騒状態とでも申しましょうか。アルコールは鎮静効果のある薬ですから、それを大量に服用してきて、いきなり断酒しますと禁断症状が出ます。その結果として多動多弁になる人もいます。
この状態のままでアルコールの学習プログラムに入るのは無理だという可能性もあります。沈静化するまで1〜2週間程度、急性症状の面倒の見られる医者のいる一般の精神科病棟に入院してもらうということではないかと「想像」します。
『実は困っているのは本人が精神科へ移るのを嫌がり、退院したいと騒ぎ出していることなのです。』
非常に良くある話ですが、前にも書きましたように、内科的治療だけすませて退院すると言うことは、「また飲めるように体だけ治してもらって」退院してくるということですから、単なる無駄骨になってしまいます。
まだ体が丈夫で「長い治療の第一歩だと思って」そういう選択肢を選ぶ余裕のある人もいらっしゃいますが、弟さんの場合には「危険な状態にある」と以前に書かれていたような気もしますので、ぜひとも今回の入院を断酒に結びつけて頂きたいものです。
そのためには「無断で退院してきても家には入れない」などの強い態度で臨む必要もあろうかと思います。愛情を持って拒絶するということが家族に求められていることだと思います。
ご心配しておられる「アルコール依存症の陰に何か精神病が潜んでいる可能性」ですが、確かにその可能性を完全に否定することはできません。しかし、内科医が内臓の病気を得意としているように、精神科医は精神の病気を得意としているわけですから、仮にその可能性があったとしても、専門家に任せておくのが最善ではないかと思います。
全国に数ある病院の中には、利益主義でいい加減な病院も確かにあるのですが、久里浜といえば独立行政法人になったとはいえ国の機関であります。お父様がいらっしゃれば、きちんとした説明を受けることができるだろうと思います。