アルコール依存症

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意見交換の広場へいただいた投稿の中から断酒に関する意見についてまとめたものです。



アル症について 投稿者:M.K  投稿日: 5月10日(木)22時24分07秒

 二郎さんお久しぶりです、もう二度とアル症サイトには投稿しないつもりでした。
理由は、自分の言いたい事はすべて言い尽くしたし、断酒など人生を自分の思いどうりに上手に生きて行くことに比べ容易く、簡単であり、価値のないものだと気付いたし、私自身、潜在意識の中に断酒した優越感に浸っている愚かな自分を垣間見て自己嫌悪になったし、何よりも自分はアル症だということを、もう忘れてしまいたいと思ったからです。
 しかし二郎さんをはじめとして沢山の方にお世話になったのも事実なので、今回報告しなければならない事を伝えます、昨日、元国立大学医学部精神科教授の方が書かれた本を読みました、「酒類を浴びるように飲んだからといってアル症にはならない、アル症になる二つの要素、第一は身体が酒類を受けつけ得ること、第二は精神障害とまでいかなくても、可成り平均値から外れた社会感覚、物の考え方を持っていなければならない、言いかえれば、本来精神的な問題を持つ人が酒類を飲むことによりアル症になる」、厚生省の技官の人の話として「アル症は酒を飲めばなると思っている人がいるから困ります、一般の人ならともかく、医者の中でもそう思っている人がいるのには尚更困ります、表面上そういうことにしておこうというのならともかく、本気でそう信じている医者がいます」結論として「アル症になる人はなるし、ならない人はならない、飲酒量の多寡には全く関係ない」と書かれてました、「・・・可成り平均値から外れた社会感覚、物の考え方を持っている・・・」は、まさしく私にピッタリと当てはまるので、「なるほどそうだったのか」と思い自分自身納得しています、私が伝えたいのは「飲酒量の多寡には全く関係ない」と言うことです、今までさんざん議論してきた事が間違いだったと言うことです、アル症の親から生まれた一卵性双生児を、アル症の親、アル症でない親に育てた、さまざまな国の実際の調査として、どちらともアル症になったそうです、結論として環境によりアル症が出来るのでなく、遺伝により生ずるということになったそうです、これらを読み、点と線がやっとつながった気がしました。

M.Kさんへ 投稿者:二郎  投稿日: 5月11日(金)00時18分16秒

M.Kさんお久しぶりです。M.Kさんの意見、いつも同感の部分と、私とは異なる意見を感じる部分が混在して楽しみです。

[同感の部分]
アル症は二つの要素が重なってなる病気である。
1)お酒が飲める体質であること。
2)平均値から離れた社会感覚と考え方を持つこと。

[一部同感の部分]
アル症になるのに飲酒量の多寡は全く関係しないこと。

私も飲酒量の多寡でアル症になるか否か決定されるとは思いません。それには、個人差が大きく、個人別の飲酒量(一種の積算値と、一日あたりの許容限を超えた飲酒超過量の積算)が許容限度を超えたときアル症になるのだと理解しています。

[異なる部分]
断酒が簡単で価値の無いものだ。

私は、個人ごとに断酒の難易度は異なると理解しています。そして、形成された依存から脱却することは、薬学的にアルコールはかなり困難な薬物であると理解しています。 又、断酒は自分で選択した人生を全うするために大切なものであり、自己実現をはかるために欠かせない価値のあるものだと思っています。

[結論]
M.Kさんの主張は、私の主張と重なる部分も、異なる部分もあり、それは、それぞれの人生観の中で培われたもの。そして、断酒する過程で異なる経験を通じて、意見の相違が生じたものだと思います。M.Kさんは、今後あまり投稿なさらないようにする決意とお見受けしましたが、また感じたこと思うことがあれば何時でも来て下さい。お待ちしています!!

二郎さんへ 投稿者:M.K  投稿日: 5月11日(金)22時45分49秒

 「断酒は容易く価値のないもの」について言葉が足らずに私の真意が伝わっていません。
色々な本を読みアル症についての結論が出ました、私自身、何回も言うように飲酒欲求を医師に止めて頂いた(現在も一ヶ月に一回精神科へ通院しています)ので断酒が辛いともきついとも思いません、だから自分に合う医師と出会い「酒を止めたい」と思わせる治療をして頂けば断酒は容易いのです、「断酒は目的でなく手段である」という言葉がありますが、私はこの事を実践できる人間ではありませんが、「人生を全うするため、自己実現をはかるため」に何故断酒が欠かせないものなのですか、世の中の全ての人々はそれらの為に断酒するのでしょうか、私が言いたいのはアル症の人間だけがそのような事をひきずりながら生きるということはあまりにも悲しすぎると思うのです、断酒なんて価値がないよ、断酒して生きればそれよりももっともっと、人生には価値があり尊いものがありますよ、と私は声を大にしてすべてのアル症の人々に伝えたいのです。 断酒を人生の最終目標にすべきでないのです、わかっていただけたでしょうか。

M.Kさんへ 投稿者:二郎  投稿日: 5月12日(土)01時25分34秒

「断酒は容易く価値の無いもの」とのお話、やはりそうでしたか!
M.Kさんでしたら、そうではないかとは想像していたのですが、投稿された文面だけでは、先にご返事したような内容と受け取らざるを得なかったので、失礼しました。

私は、貴方の「断酒よりも価値のあるものがあり、そして全てのアル症の方にそれを伝えたい。」との主張に賛成です。
今の私は、断酒は目的では無く、手段だと思っています。断酒を続けることによって、我々アル症の人間は、断酒より価値のあるものを手に入れることが出来ると思っているのです。悲しくてもそれが現実だと思います。そして、私の断酒をする目的は、人生を全うするため、自己実現をはかるためなのです。目的は人によって異なって当然ですし、断酒という行為に囚われることなく生きていきたいと考える人がいて当然だと思います。しかし、私は断酒と言う行為に囚われつづけなければ、自分がスリップしてしまう、そう感じているのです。

最終的な結論の「断酒を人生の最終目的にすべきではない。」とのご意見には、全く同感です。しかし、それは断酒継続を軌道に乗せた後の話だと思います。

断酒を始める時のあの辛さは、とても一人では回避できないもの、断酒を一つの大きな目的にしなければ、とてもお酒を止めることなど出来ないと思います。
しかし、これも、人によって異なるでしょう。アル症になっていない人にとって、お酒を止めることなど容易いことですから。

M.Kさんへ。 投稿者:クリーム  投稿日: 5月12日(土)19時31分54秒

二郎さん こんにちは 始めて投稿させていただきます。

M.Kさん。初めまして。
M.Kさんの意見は かなり独断的な感じがしますが すごく解かる気がします。
私も「断酒 断酒」で人生を送りたいと思いません。
むしろ 断酒の事など忘れて生きて行きたいくらいです。

理想をいえば元々酒が飲めない人のような生き方をしたいのです。
(さらに もっと理想を言わせてもらうなら『私は宗教上の理由で酒を断っています』というような断酒ですが・・。)

私の周りには 何故だかかなりの数 酒が体質に合わない人がいます。
昔は そういう人達も酒が飲めるようになりたくって 酒を飲む挑戦を重ねたそうですが今では 酒など飲ま(め)なくっても それぞれちゃんと人生を楽しんで生活しています。
別に酒の事など意識しないで毎日をすごしているんです。

私もこのようになって生きて行きたいのです。断酒のための人生なんてまっぴらゴメンです。
飲酒の事も断酒の事も意識しない生き方を送りたいです。

もちろん これは長期的で夢に近い目標ですが そのようになりたいのです。

そして アル中になる原因も興味深い点でした。
あくまでも私の場合ですが 私がアル中になった原因は100%遺伝的なものだと思っています
(今のところ祖父 父 私 と三代続いています。)
自分の場合 酒を飲み出してから1〜2年で完全に精神的依存は形成されていたと思います。
今から思えば 20歳位の人間があそこまで酒にのめり込むのは どう考えても普通ではありません。
多分 私は酒がある程度自由に飲める社会で生活していたなら どのような人生を歩んでいたとしても遅かれ早かれアル中になっていたと思っています。
自分ではどうにも出来ない 強い見えない力の作用が働いている感じがしてます。
どんな病気でもかなりな部分 家系とかが関係してるじゃないですか。それと同じです。
ですから 自分がアル中になったのは仕方の無い事であり 宿命的なものだと考えています。

でも M.Kさんの 断酒は容易いものだ という言葉。これはすごくうらやましいです。
こう言いたいです 私も。

クリ−ムさんへ 投稿者:M.K  投稿日: 5月12日(土)23時05分38秒

 私の言いたいことを代弁して頂きまして有り難うございます、「断酒 断酒」で人生を送りたくない、断酒を忘れて生きて行きたいと切に思います。
 「断酒は容易い」は二つの意味があり、一つは人生を生きて行くうえでは辛い事、厳しい事が沢山あります、それらの悩み、苦悩と断酒と対比させた時やはり断酒の方が容易いと思うのです、もう一つは、あくまでも個人的な考えですが、アル症とは、酒を止めたいと思はない精神病であると思います、私は止めたいと思いました、だからこそ一年半前から精神科に通院しています、最初の頃は抗酒剤を切らさない為二週間に一度通院し、一年間毎朝、妻の目の前で飲みました、現在は抗酒剤を飲まなくても断酒出来るので、それでも一ヶ月に一度精神科へ通院しています、自助グル−プは行っていませんが、まあ一応自分なりに断酒の努力はしているつもりです、だからこそ断酒は容易いと言える訳です、酒を止めたいと思はない人、病院に通院をしない人、自助グル−プへ行かない人が断酒は難しい、容易くないと言われてもそれは、言葉は悪いですが自業自得ではないでしょうか、私自身今の心を継続する為、地元の病院の精神科に通院しています、正直言って行きたくありません、先日も元同僚の女性と待合室で会い、お互い何も言えなく不気味な沈黙の時間が過ぎました、車で家まで送ってあげましたが・・・、私自身アル症である事を忘れたいのですが、こればかりは医師の方から「もう来なくていい」と言われるまで行かなければなりません、「断酒は容易い」とうそぶくにはそれなりの努力、犠牲を払っているのです、これは貴女に言ってるのではありませんが「酒を止めたい」と本当に思っている人がいるのなら、病院に行き、抗酒剤を飲み、自助グル−プに行くはずです、それらの事をすべてして、はじめて、「酒を止めたいが止める事が出来ない」と言えるのです、これらの事はなにもせずに「酒を止めたい」などと言う資格はありません。

M.Kさん&クリームさんへ 投稿者:二郎  投稿日: 5月13日(日)01時55分35秒

M.Kさんのお話、キャッチボールが必要で、最後は納得。そして、他の方からもレスがある。嬉しいです。他の方もよければご意見お寄せください。

>クリームさんへ
判りやすいご意見有難う御座います。又来て下さい。

>M.Kさんへ
クリームさん(男性)はTACHのページへ投稿されている方です。よければ、また意見交換を続けていただければと思います。

考える機会をありがとう 投稿者:すやすや  投稿日: 5月13日(日)12時00分06秒

M.Kさんの『潜在意識の中に断酒した優越感に浸っている愚かな自分を垣間見て自己嫌悪になった』にふっと自分の内面を見つめることができ、クリームさんの『断酒のための人生なんてまっぴらゴメンです。飲酒の事も断酒の事も意識しない生き方を送りたいです。』にジレンマを代弁いていただき、二郎さんの『私の断酒をする目的は、人生を全うするため、自己実現をはかるためなのです。しかし、私は断酒と言う行為に囚われつづけなければ、自分がスリップしてしまう、そう感じているのです。』に真の目的は理解しつつ、現在自分の置かれている立場を認識し身近な目標を設定し歩いていく必要性を再確認した。なんだか優等生の模範解答?みたいになりましたが、今の自分の率直な気持ちを皆さんに代弁していただいたようでした。時々、スリップしながらこのHPを見ては勇気づけられ、断酒初日から何度も始めてい意志薄弱ものでした。





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