抗酒剤の服用について

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自助グループへ入会する経緯とその前後の気持ちについて

  アルコール依存症の人が自助グループと接点を持つ、どのような過程でしょうか?

  私の場合は、アルコール専門医での治療中に、断酒会へ入会しました。
  クリニックの治療プログラムには、院内例会や自助グループを模したミーティングがありました。そして、患者だけで実施する院内例会もありました。アルコール依存症に関する勉強の中で、自助グループの紹介と自助グループへの参加を促す話があり、院内例会は自助グループに参加するための準備でもあると聞きました。通院が一月少々経ってから、クリニックの医師に断酒会への紹介状を書いて頂き、断酒会の支部例会へ出向きました。

  断酒会の見学では、クリニックで聞いている体験談との違いと、家族の人が同席の上同様に体験談を語られているのに驚き、入会申込書をいただき帰宅しました。入会に当たっては、家内にも家族会員になってもらいたくて、家内の入会申し込みも合わせて記入しました。当然、家内の同意を得た上での処置ですが、それ以降の会費は私が家内の分も併せて収めていました。

  私の取った行動は、少数派のようです。クリニックでは、自助グループに行くように再三にわたり督促されている方が多くいましたし、自分から医師に紹介状を書いていただくように申請する人は少ないようです。又、初めて自助グループに出向く人は、クリニックの先輩に同行を、お願いする方も多いようです。

  私が自助グループへの参加に積極的だった理由は、アル症の治療を予定通りに進めたかったからです。私が読んだアル症の本には、断酒継続率と、自助グループ参加有無との相関関係に関する記述がありました。自助グループに参加することにより、断酒継続の確率が上がるのであれば、参加しようと考えました。そして、自助グループに参加することが、職場復帰の条件のような気がしていました。

  しかし、自助グループへの参加は、断酒継続を約束するものではありません。私が毎日通院をしている間にも、自助グループへ自分から参加され、意気揚々と断酒に関する熱意を語られていた方が、スリップされました。職場復帰を急ぎ、自助グループに参加した上で治療期間を短縮された方がいらっしゃいましたが、後日スリップされて再度通院されていることを知りました。

  身近に、自助グループへの参加だけでは、断酒継続は無理であることの例がありましたが、それでも自助グループへの参加は、治療期間を予定通り終了させるために必要であると考えていました。自助グループへの参加に対する自分の姿勢は、一種のパフォーマンスを含んでいたように思います。「自分は、真面目に断酒しようと思っている。」、周囲の人からそう認められたいとの気持ちがあったのです。断酒したいとの気持ちと、それを周囲に認めて欲しいとの気持ち、これが重なって自分から自助グループに入っていきました。

  自助グループへ参加すると、例会だけではなく1泊研修へも誘っていただきました。
  アル症の人は、意固地な人が多いと私は思っています。ですから、自助グループにおける、各種研修会等への強引な誘いは逆効果となる場合も多いと思うのですが、何でも良いから断酒したいと思っているアル症の人は素直に従われるようです。参加はしたいけど、自分からはなかなか行けない。人に誘ってもらっても、迷いが出てしまう。そんな時は、強引に誘って頂くほうが参加しやすくなる。私は、そう思います。

  残念ながら私は、プライドも甘えも強く、先輩の誘いをことごとく断った、出来の悪い人間です。
  1泊研修に誘われると、家内と相談しました。結果は、子育てと断酒会とどちらが大切か言われ、家族をとりました。始めは、研修に参加したい気持ちのほうが大きかったのですが、何度か断ると、参加したい気持ちよりも、家族と過ごしたい気持ちの方が大きくなり、子供が小さいこと、仕事が忙しいことを口実にしている、自分でそう感じています。

  例会も、自分の所属する支部例会だけでした。しかし、初心者ミーティングには行きました。この初心者ミーティングは、断酒のためのディスカッションをする場であり、体験談のように言いっぱなし、聞きっぱなしではないので、例会とは異なる意味で役に立ちました。

  以上を総合すると、私は自分のことだけを考えて断酒に入っています。先輩の言葉に感激していたくせに、先輩の指示に従わない、断酒会に力を入れている人から見たら、どうしようもなく出来の悪い人間だと思います。

  断酒が軌道に乗るまでは、飲酒欲求と離脱症状に悩まされ、周囲が見えません。断酒していても、アクティブなアル症と思考パターンは変わらないように思います。
  断酒が軌道に乗れば、そこから先は自分で考えることが出来るようになります。そして、自身の意思で自助グループへのかかわり方を選択する必要があると私は思います。

  「個人が独立した思想を持って」はじめて、断酒継続が可能になると思いますが、それは、継続に関する部分であり、軌道に乗せるまでは「思想」ではなく、「気持ち」と「経験」だと思います。「気持ち」と「経験」は内から出てくるものですが、それを定着させるのに自助グループが役立つ。「思想」は定着後に形成しても遅くない。ひょっとすると、断酒に関する思想は、断酒定着後でないと形成されないかも知れない。そんなふうに思っています。


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