お酒に対して無力な自分とは

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酒に対して無力である自分を認めるとは、どう云うことでしょうか?

  「飲みかけた酒を途中で止めることに比べると、最初から飲まないでいることの方が簡単である。」こう思う人はすでにアル症ではないでしょうか?

  人間は自分のことを、「意志の強い人間」と思いたい。人がお酒を飲む量をコントロール出来ているのだから、自分にも出来る。昔は出来ていたのだから、意志を強くもてば今からも出来る。こう考えるのは人の常だと思います。

  アル症は飲酒量をコントロール出来ない病気なのだけれども、それを信じることが出来ない。そして、自分はまだ病気では無いと思ってしまう。その結果、再び飲み始めてしまう。多くの仲間がたどる道筋です。そして、人によってはそのまま命をおとし、またある人は断酒継続へとつながっていく。

  この断酒継続者が出るようになったのは、AAや断酒会等の自助グループの成果です。同じ病気に苦しむ人の話を聞き、ともに励ましあって初めて断酒が継続できる。何故でしょう?
  自分が病気であり、お酒に対して無力であることを、そしてそれが自分一人ではないことを知るからだと思います。

  コントロール飲酒に戻れるアル症の人がいると聞いたことがあります。でもその確率は低く、再飲酒で夢破れた仲間の話を多く聞きます。現在も一部の医師は20代前半の方や60代後半でアル症になった方を対象に、節酒指導を治療方針の範囲にいれて考慮する場合があるようです。

  しかしアルコール専門医の書物の中には、節酒指導でよい場合として「アル症で無いこと」と明記した上で、「有害飲酒の患者」と記載されています。又、過去の話ですが、血中アルコール濃度を自分で判るようにする訓練を施した上で、節酒指導によるアル症の治療を手がけられた医師が外国にはいたようです。その医師に治療していただいた患者は1年後28名中16名が明らかにコントロールを失ってしまったようです。(文献1)たった一年で!

  又、断酒群と節酒群ならびに再飲酒群の生命転帰を調査した結果、断酒群の死亡率が8%なのに対し、節酒群,再飲酒群ともに29%との報告(文献2)があり、一度傷めた身体は死ぬような努力の上の節酒でもダメージが大きいように感じています。

  私は元文献まで調査していませんが、他にも色々調べた結果、私には断酒しか選択肢が残されていないと理解しました。専門医の治療を受ける前には、治療すれば節酒が可能になると思い込み、自分の治療に当たって下さっている医師がヤブではないか等と、不埒な疑いを持った二郎です。

文献1:Lovibond,S.H.&Caddy;Discrimainated aversive control in the moderation of alcoholics' drinking behavior. Behav Ther N Y 1:437-444,1970

文献2:鈴木康夫;アルコール症者の予後に関する多面的研究。精神経誌 84(4)243-261,1982


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