父親の役割について

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アルコール依存症となり回復の過程で変化した幸せの尺度

  人それぞれの幸せ、幸せって何でしょうか?
  その尺度は人によって異なるもの。多くの場合、過去よりも今が、そして明日が、よりよくなることを幸せだって感じるのだと思います。よくなること、そのよいこととは、これも人によって異なるのでしょう。

  体の調子が悪く、起き上がることも出来ない。そんな時には、元気であればよい、贅沢は言わないで、美味しい食事が出来て、自分の足で動き回ることが出来ること、そうなって行く事が幸せなのだと思います。

  健康で体に何も問題が無ければ、何を幸せの基準にするのでしょう。

  お金、地位、それとも権力?
  何だか殺伐としたものが並んでしまいました。でもこれは、広く一般に知名度の高い方が持っているもののような気がします。知名度が高いことと、幸せであるかどうかは、全く別物ですが、...。

  私は、中年期に大きな病を得ることは、人の心の痛みを知ることが出来、野心に燃える部分を持っている人間を脱皮させてくれるものだと思っています。

  肝機能障害で内科へ一月入院したことがあります。おかげで人生観が少し変わりました。その後少しは持ち直したものの、またまた体調を崩しアル症との診断を受けました。そのおかげで、少しだけ変わっていた人生観を大きく変えることが出来ました。私は今、アル症になってよかったと思っています。その過程で苦しんだことも、今の私に必要なものだったのだと思えます。

  アル症になる過程で、なってしまた結果として、周囲の方にご迷惑をかけたことまでよかったと思っているわけではありません。それは償いを要するものであり、償いきれないものなのだと思っています。それでもなお、アル症になってよかった、私には必要な経験だったと思っているのです。

  幸せの尺度、以前の私の場合、仕事で成果を挙げることでした。出世や認められたいという気持ちよりも、担当している仕事で自分が満足できる成果を出すことが、幸せの尺度の最も大きなものだったと思います。しかし、自分が満足できる成果の基準には、人が認めてくれる成果という項目が入っていました。人が認めてくれないもので、自己満足だけに終わってしまっては、価値のあるものを創造することなど出来ないと思っているからです。

  結婚して、幸せの尺度が増えました。家庭が、家族の幸せが、私の幸せの尺度として追加されたのです。そうであるのに、お酒を飲んでいる頃には、家族の幸せより、お酒を飲むことを大切にしていたように思います。

  肝機能障害の入院を経て、アル症の診断、そして3ヶ月の休職を伴う治療。その間に、大切することとはどういうことか、それを考えることが出来ました。

  ベストフレンド、それは自分自身である。自分自身をベストフレンドにすることが出来れば、幸せになれる。20歳ぐらいのときに読んだ本に書いてありました。私は、その考え方に共感したものの、本当の意味では判っていなかったと思います。今も自信はありませんが、アル症からの回復の道を歩むという経験をしている今、少しは判ってきたように思います。

  私の幸せの尺度に、自分自身に認められる自分になるという、新しい尺度が加わったのです。この新しい尺度は、仕事の面でも、家庭の面でも、私の幸せの尺度を少し軌道変更させてくれました。そして、その軌道変更に私は満足しています。まだまだ、変更作業の途中ですが、新たな尺度のおかげで、無理することなく生きることが出来るようになってきていると思います。


平成15年3月  二郎      

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