断酒初期の気持ち

top next

アルコール依存症の治療に対する気持ちと断酒への思いの変化

  私がアルコール依存症と診断されたのは、体がだるく如何しようもなくて、会社の診療所へ点滴を打って貰いにいったことがきっかけです。医者嫌いの項でも述べているように、それ以前にも、肝機能障害で一度内科へ入院したことがあり、当時は医療不信に陥っておりました。しかし、アルコール専門医の診断は的確で、納得せざるを得ず、休職して治療に専念することとしました。

  専門医からは、外来でアル症専門のクリニックがあるので、そこへ毎日通院するのが良いと勧められました。他にも精神病院へ入院して治療する方法もあるが、初回は外来で良いだろうとのことでした。内科医の診断では、即日入院の上安静にする必要があるとの見解だったのですが、大きく異なります。それは、アル症の場合、毎日体内に取り入れている毒薬(お酒)を飲まなければ、身体の障害については早期回復が見込めることと、断酒のための教育が必要だとのことだったのです。従って、治療期間についても、内科医は一月、専門医は短くても三月との相違がありました。

  自分がアル中であると認識していなければ、内科医への医療不信がなければ、内科医の診断が魅力的であったことに疑いはありません。通院できる程度の病状で三月も会社を休む、我が耳を疑う治療方針です。それぐらいなら、内科医で身体の治療をする方がどれだけ魅力的か、比べるまでもありません。まして、お酒ぐらい何時でも止めて見せると誤った自信を持っていたのですから。「お酒を飲まなければ良い」「医師が指示した期間の半分ぐらいお酒を止めれば良い」「自分の決めた期間ぐらいは意地でもお酒を止めてやる」と思っていました。

  アル症の専門医からは「立派なアル症」との診断を受け、そしてアル症は「一生断酒」しなければ生きていけない。生きていても、人生を有意義なものに出来ないと言われました。信じることが出来ませんでした。お酒を飲んで、身体に障害が出ることがあっても、それを治療すればまた飲めるのだと思っていました。

  私はアル症の治療について無知だったので、専門医での入院治療では初期隔離病棟へ入り、病室には鉄格子が入っているとは知りませんでした。そして、治療プログラムの一環として行軍や作業があることも知りませんでした。それを知った時には、無駄なことのように感じました。通院治療を選択したのは、専門医の勧めを参考にしたのは当然ですが、鉄格子の入った病室を嫌い、無駄なことをしたくなかったことも大きく影響しています。

  私が治療して頂いたクリニックは、神戸の繁華街にあり、始めはクリニックの場所としては最悪だと思いました。何時でも飲める、飲み屋が近くにいくらでもあるのだから、自分は大丈夫だが、お酒を飲んでしまう人は多いのではないか等と、生意気なことを考えていました。

  治療は、クリニックに着くと始めに看護婦さんの前で抗酒剤を服用する、そして一日の治療プログラムが開始するものでした。種々アル症に関する勉強を始めると、クリニックが繁華街にあった事が幸いしました。近くに大きな書店が何軒もあり、アル症に関する調査が可能で、クリニックに置いてある書物以外からも、多くを学ぶことが出来たからです。

  3ヶ月間、月〜土の通院で朝9時〜15時までの治療でした。終了時間は曜日によって異なっていましたが、毎日通院で学んだことが、断酒の必要性を自分に納得させてくれました。あれが、週に1回程度の通院であったり、アル症の勉強プログラムがなければ、今頃は再飲酒の上、内科医に入院しているのではないか、まずくすると死んでしまっているのではないかと思います。自分の意志だけでお酒を止める、これは全て自分に向けた挑戦です。酒に挑み、自分に挑む姿勢です。この姿勢のままだったとしたら、今頃はお酒を飲んでいると思います。自分を見失った人間が、自分だけを見ようとしているのですから。

お酒を止めつづけて判ってきた事があります。お酒を飲んでいた時には、随分と能力が低下していたのです。その原因には3種類のものがあります。

    1)  身体の障害で気力が充実しないため、投げやりな態度での生活になっていました。

    2)  お酒にまつわる人間関係のストレスで物事に集中出来ませんでした。

    3)  1)と2)を考えることと、お酒を飲むことに時間を浪費し、人の気持ちを考えることを放棄していました。

  断酒を始めた時、アル症の勉強をして、お酒を飲むことは出来ないと理解しました。これは理解したのであって、断酒は必要なこととなったのです。しかし、お酒を飲んでいると、能力が低下していたことに気付いてはいたものの、1)しか判っていませんでした。そして、アル症の勉強をする時間が大切な内は、お酒を飲んでいなくても、2)と3)は断酒のために同じ結果となっていました。

  アル症の勉強が一段落すると、2)と3)が解消され始めました。すると、お酒を止め続けることが大切なことになってきたのです。少しずつ、自分を見る眼が甦ってきました。アル症の専門医から断酒会に軸足を移した頃のことです。

  そうこうしている内に、断酒会への出席がままならぬようになってきました。そしてネットにアクセス。TACHのページのように、断酒継続者の意見が聞ける場所があったことは幸せでした。同じアル症の人の言葉が、私のお酒を止め続けるための指標になってくれたのです。

  医療や自助グループに助けられ、酒を断つ。それをきっかけとして、徐々に回復し、普通の生活が送れるようになる。先人に感謝するとともに、その恩返しを少しでもしていきたいと思っています。


top next