意訳・般若心経

絵画:明石海峡大橋by二郎



  意訳・般若心経アル症版

  ハイヤーパワー(宇宙の意志)がかつてアル中とその家族の回復を実践されたとき、肉体も精神もすべてが「あるがまま」であることを照見され、あらゆる苦悩を克服されました。

   舎利子(宇宙の子)よ。存在は「あるがまま」にほかならず、「あるがまま」が存在にほかなりません。
  存在がすなわち「あるがまま」で、「あるがまま」がすなわち存在です。感じたり、知ったり、意欲したり、判断したりする精神のはたらきも、これまたあるがままです。

   舎利子(宇宙の子)よ。このように存在と精神のすべてが「あるがまま」でありますから、生じたり滅したりすることなく、きれいも汚いもなく、増えもせず減りもしません。

   そして、世の中の常識においては、現象世界を原因と結果そしてその経過といったふうに、あれこれ分析的に捉えていますが、すべては「あるがまま」なのですから、そんなものはいっさいありません。
  また、世の中の常識は、勤勉や努力そしてその成果等の煩雑な教えを説きますが、すべては「あるがまま」ですから、そんなものはありません。
  そしてまた、コントロ−ルもなければ諦めもありません。
  ハイヤーパワー(宇宙の意志)は、無力を教えても、その無力にこだわらないからです。

   ハイヤーパワー(宇宙の意志)の教えは、それぞれの人の回復を導きますから、その心にはこだわりがなく、こだわりがないので恐怖におびえることなく、事物をさかさに捉えることなく、妄想に悩まされることなく、心は徹底して平安です。
  また、断酒後の生活は、回復を実現することによって、この上なく正しい「あるがまま」の自分を認めることが出来るようになります。

   それ故、ハイヤーパワー(宇宙の意志)の力を借りた回復は、すばらしい霊力(自然の力)のある誠であり、すぐれた誠、無上の誠であり、無比の誠なのです。
  それはあらゆる苦しみを取り除いてくれます。誠は真実にして虚妄ならざるものです。

  そこで、ハイヤーパワー(宇宙の意志)がもたらす回復の誠を説きます。

  すなわち、これが誠です。

   「わかった、わかった、無力であることがわかった。 すっかりわかった、あるがままに生きるこころ。 ハイヤーパワー(宇宙の意志)よありがとう」

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  般若心経 (三蔵法師玄奘訳)

  ひらがな版

  かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ しゃりし ぜしょほうくうそう ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん ぜこくうちゅうむしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜつしんに むしきしょうこうみそくほう むむみょう むげんかいないしむいしきかい やくむむみょうじん ないしむろうし やくむろうしじん むくしゅうめつどう むちやくむとく いむしょとくこ ぼだいさった えはんにゃはらみった こしんむけいげ むけいげこむうくふ おんりいっさいてんどうむそう くきょうねはん さんぜしょぶつ えはんにゃはらみつたこ とくあのくたらさんみゃくさんぼだい こち はんにゃはらみった ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ のうじょいっさいく しんじつふこ こせつはんにゃはらみつたしゅ そくせつしゅわつ ぎゃていぎゃていはらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじ そわか はんにゃしんぎょう



  般若心経漢字(当て字含)版

  観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空想 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中無色 無受想行識 無限耳鼻舌身意 無色声香味触法 無限界乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無知亦無得 以無所得故 菩提薩垂 依般若波羅蜜多 故心無圭礙 無圭礙故無有恐怖 遠離一切転倒夢想 究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知 般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯帝羯帝波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提 僧莎訶 般若心経

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