アル症の常識と世間の常識

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アルコール依存症の常識と世間の常識の差が疲れをまねく

  アルコール依存症の家族を持つ方は、アル症とのつき合い方が判らず疲れ果ててしまっています。世間の常識で病気に対抗しようとして、失敗する。そして周囲の人から、もっと頑張れと励まされる。休養が必要な時には、この励ましは傷口に塩を塗り込むようなものです。それを知らない人が多すぎます。アル症が病気だと知らないで、見当外れのアドバイスをする。それがまた、家族の疲れを倍化します。

  私の結婚披露宴で上司は、「仕事は一流、私生活は三流」とこき下ろした上で、「こいつは甘える癖があるから、毎日お尻ペンペンして出社させるように。」とのご丁寧なアドバイスを頂いてしまいました。

  この言葉から判るように、周囲の人は結婚すれば家内が生活管理をし、私がお酒を飲みすぎることが無くなると期待したようです。アル中の私にとっては、結婚してもお酒を飲むことは別問題、家内の言うことを聞く筈がありません。一日ビールは三本までとか、色々制限しようと虚しい努力もありました。その時、家内の実家の義父が、「仕事で疲れて帰ってくるのに、お酒のことで文句を言ってはいけない。」との適切なアドバイス(アル症の私と、その家内にとっては。)があり、険悪なムードに陥ることは避けることが出来ました。
  家内の義父は、私の普段の発言と仕事のしかたを見て、お酒を飲む量ぐらい自分でコントロールすると誤解されたのだと思います。私は、この誤解に救われました。もし、会社の人が見抜いていたように、自分でお酒をコントロール出来ないことが判り、夫婦だからお酒を飲み過ぎないようにコントロールするのは嫁さんの責任だ等と考えていたとしたら、我が家もお酒をめぐる地獄が待っていたのかもしれません。病気であるアル症と、健全にお酒を飲める人の違いが、夫婦の関係のあり方に対し干渉をもたらすのだと思います。

  アル症の人間をコントロールしようとすることは無益な努力、しかし病人でなければ普段の飲酒量は夫婦で相談して決めれること。この常識の差が、アル症の家族を苦しめる第一歩だと思います。

  アルコール専門医に診ていただいた時も、通常は夫婦で病院に出向くようです。私は自分が嘘を言わないように事前に自分の酒暦を書いてクリニックに提出しました。友達や、会社の保健婦さんから、失敗した、一人で病院に行かしてはダメだ、等と言われ腹がたったのを覚えています。何故、自分の病気を一々家内に付き添ってもらわなくてはいけないのか?一人で歩けるのだから、一人で病院に出向く、当たり前のことを、・・・人にとやかく言われたくなかった。

  ましてや、自分の失敗を尻拭いしてもらったアル症の人の場合なら、何も言えないけれど心の中では忸怩たるものがあると思います。家族の苦しみと同様、酒害者の心の中にも、世間の常識が通用しない自分に対する苛立ちは大きなものです。

  この苦しみや苛立ちをハイヤーパワーに委ね酒を断つ、断酒していても世間の常識とアル症の常識は異なるものです。でなければ、適正飲酒を目指し、再びアル症の症状が悪化しますから。まだお酒を飲みつづけているご家族を持たれる方は、せめてご自分をハイヤーパワーに委ね、穏やかな日々を迎えていただきたいと思います。



落ち込んだときには次の言葉を思い出してください。
    「四面楚歌を吹き飛ばす風、それは感謝の心です。」

自分を見失いかけた時には考えてください、
    「今踊っているダンスは自分のダンスか、人に合わせて踊っているのか?」

人の言葉に腹が立ったとき思い出してください、
    「怒りは時間がたてば大したことでは無い場合が多いことを。」





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