贈り物


(その1):等身大の自分

  断酒して少しすると、再飲酒を防止するために、等身大の自分を見つめることを勧められました。

  等身大の自分って何だろう?

  それを考えていくと、断酒するまでの自分の人生観に疑問が出てきました。

  私は、幼い頃から、自分が成長を続けなければならないと教えられていました。出来れば、その成長を加速したいと考えていました。
  そのための具体的な方法として、私は背伸びしながら生きることを覚えました。知らないことを次々と学び取り、成長するのだと、自分自身に言い聞かせて生きてきました。

  断酒して、この考え方は、等身大の自分を見つめる作業と逆行する考え方のように思えました。そこで、背伸びすることは止めて、等身大の自分を見つめる作業に入ったのですが、それがなかなか見えません。一生懸命、背伸びを続けて生きてきていたため、自分の実力が判らなくなっていたのです。

  自分の実力が判らず背伸びするとは、どうのような意味を持っているのでしょうか?
  結局は無理をしているだけで、自分自身の成長にはあまり役立っていなかったのではないかと思えるのです。
  等身大の自分自身を見つめることにより、自分の実力を理解して、少しだけ背伸びする。そうすれば、そう大きな負荷をかけすぎることなく、自分自身が成長できるように思います。

  等身大の自分を見つめる作業が、その実力を見極めて、そこで停止して良いというものではないと私は考えています。無理をし過ぎて生きてきた生き方を、より効率的に自分自身を成長させるようにするための作業だと、私には思えます。

  あなたには、等身大の自分自身が見えていますか?
  無理をしすぎていませんか?
  怠けすぎていませんか?

  等身大の自分自身を知れば、自分自身の成長に丁度よい、努力の仕方を見つけることが出来ると、私は思います。
  あなた自身の姿を、等身大で見つめられることを願っております。


(その2):ハイヤーパワー

  断酒して色々な方とお話させて頂いている間に、「ハイヤーパワー」と言う言葉に出会いました。大いなる者との意味だそうです。
  私は、長い期間、このハイヤーパワーの意味を、自分自身の考え方で理解することが出来ませんでした。ですから、借り物の言葉で、「ハイヤーパワーに身を任す」等との表現をしながら、多くの方とお話をさせて頂きました。

  その間に、私は自分自身の考え方を整理することが出来ました。その考えを整理する過程で、多くの気付きを得ることが出来ました。
  お酒に対して無力であることを認めること。これも、お酒の問題に関して、ハイヤーパワーに身をゆだねることです。そのゆだねるべき存在ハイヤーパワーとは何者なのか。私には、それが判りませんでした。抽象的過ぎて、どう考えれば良いのか判らなかったのです。

  やがて感覚的に、ハイヤーパワーの存在を認めるようになりました。しかし、それは感覚的なものであり、言葉にして説明することが出来ませんでした。

  多くの方は、「あなたのハイヤーパワーにおまかせしなさい」と言うような表現をされます。ハイヤーパワーとは、個々人に異なる物なのか、それとも共通のものなのかも、言葉の上では判りませんでした。それぞれの方の心の中に潜む力が、ハイヤーパワーであると、解釈した時期もありました。人により、ハイヤーパワーの定義は異なってよいのだと理解した時期もありました。

  そんな、あやふやなものに、私はお酒の問題をゆだねるのかと思うと、少々考え方としておかしいのではないかと考えたのです。その結果、私は、私独自のハイヤーパワーの解釈を確固あるものにしたいとの欲求にとりつかれました。

  それ以降、宇宙の創生から、物質の誕生、魂とは何か、様々なことを考えてきました。そして今、私なりの解釈でハイヤーパワーを理解することが出来るようになりました。

  それは、宇宙の意志と個人を結ぶものであり、ある種のエネルギーであると、私は考えています。
  あなたは、確固たる自信を持って、お酒の問題をゆだねることが出来るハイヤーパワーの存在を信じていますか。あなた自身の考え方で。

  大いなる者、ハイヤーパワー。その存在を、あなた自身で感じ取り、あなた自身で説明されることをお勧めします。そうすれば、断酒の道を、回復の道を、よりよく進むことが出来ると、私は思います。


(その3):ベストフレンド

  あなたにとって、ベストフレンドとは誰ですか?

  私は、お酒に飲まれる前に、自分自身をベストフレンドにするという考え方を書物で知っておりました。そして、自分自身は欺くことは出来ないのだから、自分自身をベストフレンドにすることにより、自分自身を好きになろうと考えておりました。

  この考え方は、成長するために背伸びを続けようとする私の考え方と共鳴し、私自身をどんどん追い込んでいきました。自分自身のことは後回しにし、まず公のことを優先する。自分の気持ちは無視して、自分の行動を、よりよい方向へと向かわせようとしました。

  断酒してから、等身大の自分を見つめる作業を開始すると、それまでの自分の考え方に誤りがあったと認めざるを得ませんでした。自分自身をベストフレンドにしていたつもりが、自分自身をスパルタ教育の指導員に仕立て上げていたのです。そして、私は疲れ果て、お酒に逃げるようになっていったのだと、気付きました。

  ベストフレンドは教師や指導者ではありません。友達なのです。もっとも大切な友達が、辛いと泣いているときには、共に泣いてくれる友達出なければならないのに、泣いている体と心に鞭を打つ指導員にしてしまっていたのです。

  あなたのベストフレンドは誰ですか?
  親兄弟であっても、夫婦であっても24時間一緒にいることは出来ません。しかし、自分自身とは24時間一緒にいることが出来ます。その  自分自身をベストフレンドにしませんか?
  そのベストフレンドから誉めてもらえる自分自身にすることも大切ですが、ベストフレンドとともに、時にはサボリ、時には泣いてみませんか。それでこそ、本当のベストフレンドです。

  あなたのベストフレンドとの関係を、あなたご自身で、本当の友達と呼べるものになさって下さい!


(その4):第一のことを第一に!(アル症者の方へ)

  第一のことを第一に!

  殆どの方がそうであるように、私は自分が生まれたときのことを覚えておりませんが、自分の子供が生まれたときのことは、よく覚えています。

  くしゃくしゃで真っ赤な顔をした我が子、何と私と似ていることかと感じました。長男の時のことです。
  周りにいる赤ちゃんの中で、少し大きめの赤ちゃん、家内に何と似ていることかと感じました。、次男の時のことです。
  この子供たちと共に生きていける、喜びと、湧き上がる力を感じたのです。

  お酒を飲んでいる頃の出来事であっても、その喜びは大きく、生きる価値を感じたものです。まだ自分がアルコール依存症という病気であるとは思っていなかった頃のことです。

  アルコール依存症、私は遅延性自殺であると考えています。その時々には、自殺をする気持ちなど無いのだすが、時として死にたくなるのです。そして、日々の生活では自殺など意識していないのに、自殺の道を歩んでいるのです。時として、殺人者の道も歩んでしまっているのです。
  命は尊いのでしょうか。交通事故、地震、そして戦争。一瞬の間に命を奪われることがあります。何の価値も無いもののように。
  明日の命は判らないのが現実でしょう、無呼吸症候群で朝起きれば伴侶が他界していたという事態が生じることだってあるのです。平凡な一日のつもりが、突如我が子が帰宅せず、交通事故で命を落としていたというような事態だってあり得るのです。

  それでも私は、命を尊いと思います。我が子の命、家内の命、そして自分の命。母や、姉,兄。共に生活をした者の命は、特に尊いように感じます。そう感じることは、自然なことのように思うのです。それが、私なのです。

  お酒を飲んでいた頃思ったことがあります、こんな生活は嫌だ、死にたいと。まだ結婚する前のことですが、直ぐに打ち消しました。死ぬぐらいなら、生活を変えれば好いのだ。その時の生活を変える事は、一人身であった分だけ簡単に変えることが出来そうに思ったのです。

それから後も、何度死にたいと思ったことでしょう、何度全てを捨てて何処かへ行ってしまいたいと思ったことでしょう。

  やがて結婚し、子供が出来、死にたいとはあまり思わなくなりました。しかし、お酒を飲み続けていた頃の私は、毎日が自殺への道を歩んでいたように思うのです。

  お酒を受け付けなくなっていった頃、朝から吐き気がする。それを抑えるために、休日であれば朝酒。そして、一時の猶予が与えられるます。しかし、それも長くは続かない。次は飲みすぎて吐き気がするのです。自分では信じられないくらいの少量で、嘔吐してしまうのです。胃液しか出ない状態、何度経験したことか。

  そんな状態でも、仕事があると、朝からは飲まなかった。仕事が終わるまでは飲めなかったのです。おかげで、今も生きていることが出来ているのです。

  自らを殺そうとする行動、それは自殺です。私は意識せず、自殺への道を歩んでいた。ただ自分の置かれた環境のおかげで、急速に結果には繋がらなかっただけなのです。

  体の調子が悪いと、病院へも何度も出向きましたが、原因が判らない。いや、判っていたのです、お酒が原因だと。しかし、それを認めたくなかったし、内科の医師からは指摘はされなかった。そして、医療不信が強化されていったのです。
  体調が悪く、充分に仕事も出来なくなって、それでも入院する気持ちにはなれなかった。お酒が原因であるなら、何時でも止めることが出来る、そう信じて毎日飲んでいました。

  やがて、あまりの体調不良から検査を受け、診療所の医師に休むように勧告されました。休んで入院するようにと。私は抵抗したのです、仕事をしながら診療所に出向くので、治療はそれでやりたいと。何と、何を第一にする必要があるのかを判っていなかったことか。これでは、死にたいと言っているようなものです。しかし、私にはそんな意識は無かったのです。

  その後、専門医の診察を得て、3ヶ月間の休職をしました。仕事など休むことが出来るものです。命さえあれば、かけた迷惑は後から取り返すことが出来るものなのです。その事に気付かぬまま、医師の、上司の、そして友人の助言に従いました。もう、抵抗する気力が無かったのです。逃げ出したい気持ちもあったのだと思います。

  生まれたときのことを覚えていないように、自分の命が危ないなどと言う意識は無かったのです。

交通事故、地震、そして戦争。一瞬の間に命を奪われることもあります。しかし、自分自身を慢性的に殺そうとすることも出来るのです。アルコール依存症、恐ろしい病気です。その命さえ失わず、酒を断つことさえ出来れば、多くのことが出来る人生が待っています。まずは断酒優先です。それさえ出来れば、回復の道を歩むことが出来る恐れるに足りぬ病なのです。

  お酒を止めた今、家族と共に生きることが出来る。人の命を大切にすることが出来る。自分の命を大切にすることが出来るのです。一瞬にして消え去るかもしれない命。それでも私は、その命を大切にしたい。自らの手で、気付かぬままに自殺への道を歩まないようにしたいと思います。
第一のことを、第一に、この言葉は、アルコール依存症者にとっては、断酒継続が第一のことであることを示しています!
  この言葉は、他の多くの場面でも役立つものです。病を得て、人の痛みを知ることが出来るようになり、この言葉の持つ意味を、本当の意味を知ることが出来るようになりました。


(その5):第一のことを第一に!(ご家族の方へ)

第一のことを第一に!

  アルコール依存症者のご家族にとって、この言葉の意味することは何でしょうか?

  多くの家族の方は、アルコール依存症者にお酒を止めてもらいたいと願っております。その結果、アルコール依存症者への対応が第一のことになってしまっている場合が多いようです。本当に、それでよいのでしょうか?

  私は違うと思います。第一のこととは、ご家族の方が、ご自身の幸せを考えることです。自分が疲れ果てていては、家族を助けることなど出来ません。家族を助ける余力も無ければ、冷静な判断も出来なくなってしまうのです。

  よく見かける、飲んでいるアルコール依存症者の奥様の姿は悲惨なものです。髪の毛は、手入れも行き届かず、目はつり上がって、さしずめ般若のお面のようなお顔。または、能面のような表情の消えうせたお顔。このような状態で、楽しく明るい家庭など築けるわけがありません。家族の方は疲れ果てているのだと思います。

  いくら希おうと、人は他者を変えることは出来ません。でも自分自身のことなら変えることは出来るのです。

  まず、ご家族の方が、ご自身の幸せのために生きること、生きて輝くことが大切だと思うのです。

  家族の中で、瞳の輝くかたがいらっしゃれば、その輝きは家族の方々を照らし出します。幸せな家族を築く原動力となることも出来るのです。

  アルコール依存症者のお酒の問題は、アルコール依存症者にお返しして、ご自身の幸せを第一のことにして下さい。思いやるのと、問題を肩代わりすることは別のことなのです。そうして、ご家族の方が、自分自身で輝いて、他の家族の方を照らしてあげて下さい。

  そうなると、アルコール依存症者は取り残されたような気持ちになってしまいます。一緒に幸せになりたいと、考えるようになります。お酒の問題に直面しなくてはならなくなり、自分自身でお酒を止めることを考えるきっかけをつかむことが出来ます。

  ご家族の方が、適切に第一のことを第一になさっていれば、結果として、アルコール依存症者の気付きもはやくなり、回復の道への近道を提供することにもつながるのだと、私は思います。

  第一のこと第一になさっている方は、周囲の方も幸せにすることが出来るのだと、私は思います。


(その6):病を得て、人の痛みを知る

  病を得て、人の痛みを知る。

  私は、生意気で無知な若者でした。やがて、自分の無知を知り、勉学に励みました。そして、一見成功したかのように見えた時期がありました。しかし、それは自己満足の世界であり、他者の心の痛みなどおかまいなしの人生観を、自分自身に植え付けました。

  物事の優先順位は公のこと、仕事のことが第一でした。自分自身のこと、自分の気持ちなどは二の次だと考えていたのです。その心の歪が、ストレスリリーフとの名目で、お酒を飲むことに向かわせました。

  お酒を飲んでいる間は、我侭な自分でいられるのです。大脳新皮質が麻痺し、自制心を取り払うことが出来たのです。その結果、私はお酒に飲まれていきました。そして、肝機能障害となり内科へ入院することになったのです。

  この機会に、少し人生観に変化が現れてきました。少しは、人の心の痛みが判るようになってきたのです。しかい、まだ自分自身の心の痛みが判りませんでした。体の痛みは判っても、自分自身に鞭打つ姿勢は、大きくは改善されなかったのです。

  その結果、再びストレスリリーフとの名目で、お酒を飲み、飲まれるようになっていきました。やがては、お酒の薬物効果で、抑鬱症状を示すようになり、自分自身に鞭打てど、何も出来ないような状態に陥るようになりました。そして、その原因がお酒にあるなどとは、知らずに飲みつづけたのです。

  底なしのアル症地獄、そこへ両足を踏み入れてしまった私は、自力でお酒を止めることが出来なくなっていました。情けない思いをしながら、飲むようになっていたのです。そして、表面上だけは強がりながら、飲みつづけていたのです。

  心の痛みは最高潮ですが、それすら気付けずに飲みつづけていたのです。

  やがて、アルコール依存症との診断を得て、断酒が開始されました。すると、体の障害は改善され、抑鬱状態からも脱することが出来るようになっていきました。それでも、度々抑鬱状態は波状攻撃で押し寄せてきますが、精神的に抑鬱状態を脱したときには、人の心について考える余裕が出来てきて、人の心の痛みが理解できるようになってきました。そして、自分自身の心の痛みにも気付くようになったのです。

  まだまだ、アルコール依存症の後遺症に悩まされてはいますが、私は人の心の痛みを感じることが出来るようになりました。

  私が得た価値観では、人として一回り成長することが出来たと感じています。人は病を得て、人の心の痛みを知ることが出来る。人として成長することが出来るのだと感じるようになりました。

  今は、アルコール依存症になったことを、決して恥ずかしいことだ等とは考えていません。自分自身を成長させてくれた、貴重な機会を与えてくれた病です。その病から得た経験を、これからの人生、自分自身に、そして私の周囲の方との接しかたにも活かしていきたいと考えております。

  あなたも、人の心の痛みを知る人間として、共に断酒し、回復の道を進みませんか?
  それは、病を得た人として、一味違った幸せをあなたにもたらしてくれるものだと、私は思います

アルコール依存症からの回復のために