医者嫌いだった私

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私の性格です

  私は、今までの人生を振り返ると、大切な場面では諦めると云う選択を殆どしていません。その代わり、自分の中で価値観の低いものに対してはすごく諦めが良いようです。この諦めの良さは、断酒してから磨きがかかっています。

  つまらない話なのですが、私にとっては大切な感情があります。   断酒を始めたころ、家族で電車に乗って遠出をした時のことです。新幹線から特急電車に乗り換えすぐにもう一度乗り換えましたが、短時間の特急電車では車内で特急券のチェックがありませんでした。特急電車に乗り換える予定にしていなかったので、特急券を持っていませんでした。特急を降りたとき一瞬儲けたような気がしたのですが、嫌な感じがしてなりませんでした。乗り継ぎの普通電車を待つ間に改札口まで行き、特急への乗車を告げ特急料金を支払いました。これで私の嫌な感じは解消され、その日一日を充実したものにすることが出来ました。家内には呆れられてしまいましたが、このようなこだわりが多くあります。自分を欺くことが嫌なのです。お酒を飲んでいた時はあれだけデタラメだったのに。

  自分を欺くことさえなければ、私は小さい時から諦めることは特技でした。小学校の運動会で一等賞を取ったことはありません、後ろから一番は何度もあります。母親が、一生懸命走っているのに、何時もビリでかわそうだと慰めてくれたことがありますが、私は悔しいと思ったことはありませんでした。自分は走るのが遅いのだから負けて当然と思っていたのです。勉強でもそうでした、テストの成績が悪くてもテストを返してもらうと友達と見せ合いをしていました。友達の点数の半分に満たない点数を気にしていませんでした。勉強が大切だとは思っていなかったのです。

  中学生の時、通学路にトタン板の塀の家があり、皆でその塀を「ガラガラガラ」と音をさせる遊びがはやったことがあります。私もやりました。音をさせると家の人が怒って飛び出してくるのが面白かったのです。
  あるとき、私は逃げる時に傘を落としたことがあります。翌日全校生を集めた朝礼で、「この傘を落としたのは誰だ?」と問われ手を上げました。後で職員室に来るようにと言われた後、朝礼ではその遊びをしては良くない理由が説明されました。そのトタン塀のお家では、病人がいて療養に良くないとのことでした。その一言で、私はその遊びを止めようと思いました。朝礼後に指導室で絞られた記憶はありますが、覚えている言葉は「逃げるときに傘を落とすようなドジはするな!」です。担任の先生は女性で、私が後悔していることを感じ取っていただけたのだと思います。

  学校の帰り友達が同じ遊びをしようと言った時、何度かは止めることに成功したのですが、ある時、私が嫌がるのが面白かったのか、友達の一人が塀を「ガラガラガラ」とやってしまいました。当時の私は、その遊びを自分はしないと決めていたこともあり、家の人が飛び出してきても逃げることも捕まることもせず、そのまま知らぬ顔をして通り過ぎました。友達は捕まって説教をされたそうです。その後友達から薄情者と言われましたが、止めたのに聞かない奴が悪いと言い返しました。自分がしては良くないと思っていることをする人間になら、嫌われても平気だったようです。

  その後も、同種の経験があります。自分の過去を振り返ると、私は自分が良ければそれでよいと云う種類の人間だと思います。断酒してからは、この傾向が強まっています。自分にとって大切でない人間であれば、かわいそうな人だな〜、悲しいひとだな〜、と思っても行動を起こすことはありません。でも相手が大切な人だと、諦めることなく行動します。その行動の成果があろうが無かろうがかまわないのです。行動していることが相手に判ろうが判るまいがかまわないのです。結局自分のためにしているのです。

  自分のためにしているのですから、自分の都合がつく範囲での行動です。相手と直接話すときは、当然相手の都合を確かめますが、自分の予定を変更してまでの行動はとっていません。話が長引いて、他にすることがあれば話を打ち切って機会を改めます。

  子供のときから、人に干渉されるのを嫌い、人との距離を大切にしてきた私です。自我が強く、人の意見を聞くことは好きですが、自分のことを決めるのは自分だと思っています。若い頃、嫌なことを嫌と言えない時期もありましたが、今は嫌なことは嫌とハッキリ言える自分がいます。

  私は、自分の弱さを本能的に知っているのだと思います。小さい時から泣き虫で、人の顔色を見ながら生活をする。外見的には明朗活発なよい子だったようですが、内心は小心ものです。だから、悪い遊びに誘われても上手に断ることが出来ませんでした。その結果悪い遊びをする方では無く、決別する道を選んだのだと思います。

  先に記した「アル症への過程」や「お酒にとらわれた心」、自分のしたいことが判らなくなると歩む道です。アル症への過程の中にある欺瞞、「有効な対策は何一つ取ってくれないように感じた」、「自分の役目は終了したと勝手にした判断」等は自分がしたいことを見失っていた証拠です。自分のしたいことが判っていれば「有効な対策が必要であることを説明し、対策をとれた」と思います。そして、自分の役目等と狭い目で考えず、回りのことも見えていたと思います。

  私は自分に正直でなければ崩れていくのです。自分に正直で有り続けるために、自分のために行動を取り続けるのです。だから「諦めないタイプ」になったのであり、ならなければアル症の道へ戻って行く自分が見えてしまいます。その恐怖から逃れるため、今後も諦めないタイプを続けていきたいと考えています。

アル中の二郎    


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