飲酒と禁酒そして節酒に失敗

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1年間の禁酒の成功により誤った自信を持った私

  お酒を飲みつづけてはいるものの少し精神的に立ち直り、結婚した後、1年間の禁酒を断行しました。この時、お酒を止めるためにした最初の事は、周囲の人に1年間お酒を止めることの宣言です。そして、家では麦茶を大量に冷やしておくこと。毎日、飲んでいたビールとほぼ同量の麦茶を飲みました。

  初めの1週間はお酒が飲みたくて、飲みたくて非常に辛いものがありました。しかし、自分一人のためではない目標があったので我慢出来ました。この時、目標が自分のためだけであれば禁酒は成功していなかったと思います。アル症がお酒を飲んでしまう病気であることすら充分には理解していなかったからこそ我慢の禁酒に突入出来たのです。1年間と云う目標があったから我慢出来たのです。よく思いました、同僚が帰国すれば飲めるんだ、それまでの我慢だ!!

  禁酒の目標達成後は、すぐに元に戻りました。あの時、自分が病気であることを知っていれば、そのまま断酒に入れたかも知れません。知らないばかりに、内臓のダメージを深めていきました。そして、内科医への入院を経験した後無謀にも飲酒量の制限を試みましたが、失敗しました。このころ、いざとなったらお酒を止めればよい、自分は1年間の禁酒目標を達成出来たのだから、何時でも酒ぐらい止めることは出来ると思い込んでいました。

  内科医に入院する少し前に、家内との約束で一度人間ドックに入ったことがあります。1泊のドックだったのですが、夜は家に帰っても良いかと病院に確かめ、帰宅しました。お酒を飲みたいからです。翌日酒くさい息をして残りの検査を受けましたが、最後の診察で「ここは病気の人が来るところではない、健康な人が検査するために来るものだ」と注意を受けました。そして、膵臓の検査を受けるようにと、断酒道場に行くようにと勧められました。

  すでに医療に対する不信感を強めていた私は、医師の忠告を無視し深みにはまって行きました。医師は熱心な方で、職場までわざわざ電話をかけてきて頂いたのですが、治療をうけることを丁重にお断りいたしました。あの時、医師の忠告に従いアルコール専門医の診察を受けていたらと思います。断酒道場の紹介とは、アルコール専門医のことだと後から判りました。普通アル中だと言われれば気を悪くして、医師の忠告を聞き入れないことが多く、その配慮から断酒道場のようなクリニックとの表現だったようです。

  周囲の人に迷惑と心配をかけ飲みつづけていましたが、結婚前に強烈な精神的落ち込みを経験していたおかげで、鬱状態は軽くて済みました。鬱状態が軽症で済んだのは結婚した事も大きかったと思います。結婚後すぐに子供が出来て、元々子供好きな私にはお酒の不幸と同時に子供を持つ幸せが訪れてくれたのです。

  しかし、家内は悪夢であったと言います。子供が小さくて手伝ってほしいのに、家にいる時は何もしないでお酒を飲んでばかりいる。実家で愚痴をこぼすと、仕事で疲れているのだからお酒を飲むのをひかえるように言うのはいけないと叱られたそうです。そして、たまの休日は仕事だと言って会社に行ってしまう。私に子供のこと家のことで相談しても、「好きにしたら良い」が口癖で、ろくな返事はしていなかったのです。

  その結果、家内は育児ノイローゼになっていたのだと、今振り返って判ります。当時は気付くことはありませんでした。

  家内を精神的に追い詰めていることを知らずに、自分は家内が作ってくれる食事をすることにより、独身時代のような栄養の偏りは無く、精神的にも子供が出来たことから、鬱状態が軽症で済んだのだと思います。家内は栄養士と調理師の資格を持っており、精神的に追い詰められながらも、私の健康を気遣っていてくれたのです。

  この環境の変化が無ければ、私は1年間の禁酒による短期の回復は望めなかったと思います。精神的、肉体的な栄養が与えられたから、本格的な鬱状態に陥らずに済んだのだと思います。




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