グイノ・ジェラール神父のホームページです

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今年のあなたのスーパー星占い
(ユーモア)

誕生日 : もしあなたは 11日と1231日の間に 生まれたなら。。。

       『聖霊で証印を押されたので』 (エフェソ113 あなたは神の恵みの印の下に生まれました。

       ですから 『恵みの上に、更に恵みを受けるのです。』 (ヨハネ1,16

星座 :  あなたの星座とは 『輝く明星である イエス・キリスト』です。 (黙示録2216

        『高い所から あけぼのの光が あなたを訪れます。』 (ルカ1,79)

恋愛運 : あなたに対して『神の愛は永遠、その憐れみは世々に限りがありません。』 (ルカ1,50)

       『神の愛が あなたの心に注がれているので。』 (ロマ5,5)
       『神は 慈しみと愛の冠をあなたに授けます。』 (詩篇103,4)

       『何もかも、イエス・キリストによって示された愛から、
        あなたを引き離すことはできません。』 
(ロマ8,39)

健康運 : あなたは 『何事も心配がいりません』 (フィリピ4,16)

       『神を畏れるあなたは 何事にもおびえることなく、

        決して臆病風にふかされません。』 (シラ34,16)

仕事運 : 『恐れおののきつつ 自分の救いを力を尽して達成しなさい。。。

       何事も、不平を言ったり、理屈をこねたりしないで努めなさい。』 (フィリピ2,12−14)

       『根気強く祈りなさい。 感謝を込めて、祈りつつ、目覚めていなさい。』 (コロザイ4,2)

金銭運 : 『神は、御自分の栄光の富に応じて、
        あなたに必要なものを 全て満たしてくださいます。』
 (フィリピ4,19)

       『あなたの富は、天に積みなさい。

        そこでは泥棒が忍び込で、盗み出すことが出来ません』 (マタイ6,20)

       『実に、あなたは キリストに結ばれて、全ての点で豊かにされているのです。』 (1コリント1,5)

旅行運 : 『あなたが出て立つのも、帰るのも、神が見守ってくださいます。

        今も、そして とこしえに。』 (詩篇121,8)

世界運 : あなたは 『戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くでしょうが、あわてないように 気をつけなさい、

       そういうことは 起こるに決まっているのです。』 (マタイ24,6)

       『神の国の良い知らせ《福音》は 

        あらゆる民への証として、全世界に述べ伝えられるのです』 (マタイ24、16)

       『あなたには 世で苦難があります。 しかし、勇気を出しなさい。

        イエスは 既に 世に打ち勝っています。』 (ヨハネ16,33)

 

全体運 : 『あなたの運命を 神にまかせなさい、神を信頼しなさい、

        神が摂理をもって正しく行って下さるから。』 (詩篇37,5)

        『神を愛するものには 万物が益となるのです。』 (ロマ8,28)

             良い年でありますように!


わたしが あなたがたに

話した言葉は

霊であり、命である。

ヨハネ6,63


初めに言があった。言は神とともにあった。
言は神であった。万物は言によってなった。
言は肉となって、私たちの間に宿られた。
私たちはその栄光を見た。私たちは皆、
その方の満ちあふれる豊かさの中から
恵みの上に、更に恵みを受けて。
ヨハネ1,1-16


今日こそ

神の声を聞くなら

神に心を
閉じてはならない。

詩篇95,7

     

   聖書は、「ものの言えない偶像」 に対し、「口があっても語れない」 という 風刺の言葉を 向けている 。  このことは、聖書が啓示する生ける神の もっとも 重要な特徴の一つを浮き彫りにしている 。   即ち、イスラエルにおける 生ける神は  人間に語りかける、ということである 。   神の言葉は 旧約聖書のなかで重要な位置を占めているが、その根本的な意義は、ただ、(「言」ギリシア語ロゴス)が 人間になる という新約聖書の中心的出来事を準備することにあった 。  「神の言葉」 という主題は、旧約聖書では、経験の事実に依拠している 。 

    神は、特に 選んだ人々に直接話しかけ、彼らを通して 自分の民に、そして 全人類に 語るのである 。 これらの人々は、広い意味で予言者といえる 。   もちろん、神が 彼らに語りかける方法は一様ではない 。 ある人々に  示現や夢や幻の中で語り、他の人々には もっと説明できない内心の霊感によって話し、モーゼには 実際の言葉で語っている 。   預言者たちが皆、神が自分に語りかけたことを、そして 神の言葉が抗しがたい力で  自分の中に押し入ってくることを はっきりと 自覚していた事実がある 。   したがって 神の語りかけは、彼らの生き方の方向を 決定した最初の出来事であり、神の言葉が 彼らの中に生み出す不思議な業は、神の霊の働きに起因するものと 考えられている 。


                               
私の口から出る私の言葉は むなしくは、私のもとに戻らない 。
それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす。 イザヤ55,11

             

   
   さて、神の言葉は、ごくわずかな一部の人々だけではなく、民全体に 伝えられるべき 神の使信である。 神は その使者の口を通して 自分たちに語ったということを、イスラエル全体が 認めなければならない。 「神は昔 預言者たちを通して、いろいろな時に いろいろな方法で 先祖たちに語られた」 と (ヘブライ1,1) 神が語るのは 人間を 神自身との交流のうちに生きるよう 導くためである 。 だから、神が語る言葉は、人間生活の規範としての律法や教え(十戒)、出来事や物事の意義の説明 「私は、お前を 奴隷の家エジプトの地から導き出したおまえの神、主である」、又 未来に関する約束や予言など 様々の形をとる。  

   スラエルが 一神教を奉ずる民であったのは、人知の働きによるものではなく、神が その唯一性を 祖先たちに語り、啓示したからである 。   神の言葉は又、時間の限界を超えて 未来の出来事を 前もって知らせることもある 。   即ち 神が 自分の救いの計画を  完全に 実現する 「終わりの時」の有様を啓示するために、次に来る出来事を  一歩ずつ  イスラエルの民に教えている 。   しかし 神のことばは、ただ単に 人間に当てて告げられ、そして 理解される使信であるにとどまらない 。  

   それは、もっと 行動的な面も、つまり 神が意図した事柄を まちがいなく  実現する力という面も そなえている 。   神は その計画を 前もって啓示するとき、いつか 必ず これを実現するのである 。   だから、救いの歴史は 神の約束が成就されていく過程である 。  だからこそ、神の民は、一つの世代から次の世代へと自分たちの未来を予告する これらのみ言葉を、一つ残らず 敬虔に書きとどめて 伝えたのである 。  

    「終わりの時」 が到来するまでは、どんな出来事でも、神の言葉の意味を 十分に解き明かすことはできないのである 。   だから 神の言葉を伝え, 聞き、心に刻んで、実行し、あるいは 更にみ言葉を待ち望んで、それに希望をかけるように  こころがけねばならない 。   このようにして 人間は、神の言葉の呼びかけに 内的な態度でこたえてゆく 。   事実、神の言葉は 生ける神と その計画を 啓示するものであるから 「信仰」を持って、神との生活に入ることを 約束するものである 。   だから「希望」をもって、生活の規範を教えるものとしているので 「愛」 をもって、これに答える 。

 

 

                              

  
主よ、私たちは だれのところへ 行きましょうか 。
あなたは 永遠の命の言葉を 持っておられる 。 (ヨハネ6,68)

                    


   新約聖書では、神の言葉が、かつて 預言者たちにくだったような形で イエスにも告げられた というような記述は、どこにも 見当たらない 。   それどころか、イエスの言葉 そのものが、まさに 神の言葉と同じように扱われている 。   まず、イエスの言葉は 業を行う力である 。   なぜなら彼は、ただの一言で 神の国の到来のしるしである奇跡を行う 。   次に、イエスの言葉が 啓示を行う光であるのは、彼は その言葉によって、神の国の福音を告げる 。   実際には、自分の言葉の不滅を強く確信し、「権威」をもってイエスは語っている 。   イエスは、神の言葉を語っており しかも 「父に教えられたとおり話している」 (ヨハネ8,28) 。   その為にイエスの言葉は 「霊であり、命である」 。   彼は自分勝手に語るのではなく、父が命じたことを そのままに話 。

    イエスの言葉は、人間と 神そのものに 触れさせるものであるから、人間は これに対して 自分の態度を 決定しなければならない 。   各自は、み言葉に対して どのような態度を とったかにもとづいて 裁かれるからである 。   この態度決定に従って、各自は、信仰と希望と愛に満たされて 神に向かう生活にはいっていくか、または 反対に 暗闇の中に 投げ込まれるかに分かれる 。   イエスは、神の子として 自ら存在するみ言葉、つまり 神の「言ーロゴスーlogos」 なのである 。   したがって、天地の創造 - 歴史の経過 - また,救いの終局的完成などに 現われる神の言葉は みな、結局は この「言」から生じている 。   そして ついに 時が満ちて、神の言葉は人間となって 公然と歴史の中に はいってくる 。   み言葉は、「われわれはその栄光を見た 」と言われるほど、人間に 具体的に体験されるようになる 。   み言葉であるイエスは、全ての人に語りかけ、全ての人から 応答を待っている 。   そして、各自の永遠の定めは、その応答のいかんにかかっている 。

                                           
                           聖書の言葉の意味を学びましょう!

ご存知ですか? いけにえ、供物、奉納酒の意味とは?

生贄 (いけにえsacrificeとは 神への捧げものとして、生きた人間や動物を殺してすぐに供えることです。これらの行為は、特に古代文化やアニミズム文化を持つ国々の歴史に広く見られます。人間にとって、最も重要と考えられる人身を供物として捧げる事は、などへの最上級の奉仕だという考え方もあります。昔の人々は特に、祭りの日に、動物の血とその体の脂肪だけを神に捧げた後、 その神の像の前で 動物の肉をごちそうとして会食していました。かえって、イスラエルの民は 神に捧げた いけにえを 祭壇の上において、すべてを焼き尽くす習慣がありました。これは(はんさい、Holocauste)と言われます。しかし、過ぎ越しの祭りの時にだけ、家族と共 ほふられた子羊の肉を食べるのは許されました。この種類のいけにえは 罪の赦し、神の憐れみ、豊かな豊作を受けるため、または、疫病や災いや戦争を遠ざけるためでした。

私たちはミサの時に、祭壇の上に、キリストのいけにえ、十字架上でほふれられた彼の体と流された血を神に捧げます。ところで、聖体拝領によって それを頂くキリスト者は 人間になったキリストの神性に預かります。 特に、ただ神だけの特権である 御血を頂く事によって、キリストを信じた カトリックの信者は 、神の子の資格を受けている事を示します。即ち キリストに結ばれているから その人は 神と親密に一致している事を 具体的に現します。

供物 (Offering)とは、命のないものを、たとえば、野菜、果物、花、自分が作ったものなどを 感謝として先祖、あるいは故人などに捧げるものをさします。ミサの時、私たちはミサの時に、キリストの体と血、になる、パンとぶどう酒、そして私たちの施しの印である『献金』を供え物とし神に捧げます。

奉納酒や奉納油 (Libation)とは、人々にとって価値のあるもの(ぶどう酒、酒、香、油、香水など)を宗教的な行為として神に捧げることです。たとえば、記念の石碑、祭壇、神の像に油、酒や香水を注ぐ事、あるいは その前で香を捧げる事でそれを聖別します。私たちはミサの時に尊敬と崇拝の印として、祭壇、十字架、聖書の本に対して香を捧げ、また自分に聖水を振りかけます。しかし、王、預言者、司祭、司教などに 選ばれた人の頭と手に油を塗るのは 塗油Onction)と言われています。


             感謝、賛美、賛歌とは どういう意味でしょうか

感謝
:人は 神がなさった事や与えた助けや恵みなどを思い起こしながら、恩として 祈りを捧げ、歌を歌います。(出エジプト記15,1-18、詩篇33,2) また 人は、感謝のいけにえを捧げ(レビ記7,12)あるいは、記念の石碑を建てます。(創世記28,22) 感謝は どんな形を借りても いつも 「有り難うの思い」を現そうとします。感謝は 地上の喜びを神と人々に伝えようとします。

賛美:人は 神の特長を思い起こしながら 神について語り、また歌い、更に、楽器の音に合わせて喜び踊ますます。 『神は、偉大、いつくしみ深い、憐れみ深い、神は我々の牧者、神は救い、よりどころ、とりで、岩などなど』(詩篇86,15) 賛美は どんな形を借りても いつも 神の存在とその身分を宣言します。賛美は 地上の人々に 神の喜びと聖性を分かち会って、伝えようとします。

賛歌:感謝と賛美を合わせたものだと言えるでしょう。しかし中心になるものは 神の愛、神の栄光、神の救いの計画です。 たとえば ミサの栄光の賛歌と感謝の賛歌、ヨハネの福音の序文(ヨハネ1,1-18)または エフェゾの教会への手紙の賛歌はそれをよく現します。(エフェソ1,3-15)同様に 他の賛歌も たとえばキリストの使命を語る(コロサイ1,12-20)ものや ほふられた子羊をほめたたえる(黙示録5,9-101219,1-3)ものや、愛の賛歌と言われる(1コリント13,4-7)ものも 人間に示された神の神秘性を宣言します。 そいう訳で、賛歌は 天と地の交わりの楽しさと喜びを味わわせ、ある意味で 既に、天国の雰囲気を与えています。

感謝や賛美や賛歌は ただ神だけを指します。 人間が、人々のためにした事を 絶対に 物語ることはありません。 むしろ、神がなさる事や 神は誰であるか、その身分と特長は何かとか、神の心と考えを現す為に 感謝、賛美と賛歌は 唯一のやり方です。

             福音史家使徒ヨハネの数の使い方

   福音史家使徒ヨハネが他の聖書の著者よりも 数のシンボルをよく使いました。ご存知のように7という数は幸福や聖霊の賜物や充満や完全や完璧を表します。例えば、ベトザタの池でいやされた病人の話を見ると(ヨハネ5章)『良くなった』という言葉が7回、7回目には『完全に良くなった』と書かれています。生まれつきの盲人の話の中でも(ヨハネ9章)『目を開ける』という言い回しが7回、最後の行にまた『完全に目をあける』と書かれています。このようにしてヨハネは イエスガ完全に病人をいやした事を示します。更に、イエスが弟子達の足を洗う時(ヨハネ13章)、ヨハネは7回『洗う』という動詞を使い、最後に『洗ったものは全身清い』と結びます。また、復活の証人として、ラザロの話で(11章)『マルタ』の名は7回 現われ、トマの名も福音の終わりに7回書き記されています。

   7に反対する数は6です。(7-1=6)その数は 不幸や未完全、弱さ、罪と悪のシンボルです。このように、イエスが『6番目の時に』疲れています(ヨハネ4,6)また、同じ時間ピラトに引き渡されました。(ヨハネ19,14).そこで、ヨハネは『自分の人間性を通して、イエスが傷つきやすい人だ』という事を現すために、わざと6回『この男』とピラトの口から言わせます。更に、カナの披露宴の話だと、ユダヤ人のために整えた『清めの水がめ」が6つあります。この清めのやり方が未完全ですから、どうしても『洗礼と赦しの恵みによって』取り替える必要性があるとヨハネが説明しようとします。同様に、イエスの生涯の流れは 6つのユダヤ教の祭りで囲まれています。それに対して、ヨハネは7回『復活祭』という新しい言葉を使います。このようにして、神へのユダヤ人の古い礼拝がキリスト教の礼拝によって取り替えられたとヨハネは説明します。言い換えれば、父なる神へのまことの『過ぎ越し』は キリスト自身とキリストの教会です。ヨハネの福音をゆっくり見ること、少しでも勉強することが、値打ちがあると思いませんか?

         聖書が語る「帯」の意味とは?

   帯は色々なシンボルを豊かに現しています。 創世記の物語によれば帯は最初の服です。この服は特に保護や力や人間関係のシンボルです。 古代の時代の人が、あらゆる危険から(強盗、泥棒、野獣)自分を守るために 左手の届く所に剣や刀や棒をもっておこうと、自然に自分の帯に掛ける習慣がうまれました。 不安な時代に生きる人々にとって このやり方は 知恵と自衛の賢さを表しています。 また、畑に働いていた人は自分の長い服のはしを帯に折り込むことで、自由になり、仕事が楽にできるという効果がありました。 従って帯を締めることは 一生懸命働く覚悟と決意を表しており、「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい」(ルカ12,35)とあります。更に帯はまた人間の姿を引き立てます。 そこで、右手の届く所に自分の財布を帯びに掛けることは安全だと思われて、人の社会的階級を示します。

   旧訳時代に 旅する人は必ず帯を締めます。それは旅人が危険に直面する準備を整えている事を現します。 こういうわけで、エジプトから出発する前に モーゼは イスラエルの民に 過ぎ越しの食事を立ったまま取り、腰に帯を締める命令を出しました。(出エジプト記12,11) いろいろな試練を通して、イスラエルの民は『約束された地』の巡礼者になるからです。従って、帯は 『勇気や闘争性と同時に自由と奴隷の状態からの解放のシンボルです。帯はまた『選び』あるいは『使命』のシンボルでもあります。このように、イエスがペトロに『あなたは若い時は、自分で帯を締めて・・・・・しかし年をとると両手を伸ばして、他の人に帯を締められるでしょう』といって、その使命を教えました。(ヨハネ21,18)黙示録のキリストと天使は腰には金の帯を締めておられます。(黙示録1,1315,6)この帯は 霊的な使命と役割を現します。

   霊的なシンボルとして帯は貞潔を現します。イスラエルの民の兵隊が 異邦人に対する戦に行く度に、いつも貞潔を守りました。(2サムエル記11,6-13)マカバイの軍勢は、頭に塵をふりかけ、帯として腰に粗布をまといました。(2マカバイ記10,15)預言者エリヤ、イザヤ、エレミヤ、洗礼者ヨハネもこのような種類の帯を腰に締めていました。(列王記下1,8;イザヤ5,11;エレミヤ13,1;マタイ3,4)帯は 霊的な徳のシンボルでもあります。『粗布を脱がせ、喜びを帯としてくださいました』(詩篇30,12)『威厳を衣とし、力を衣とし、身に帯びられる』(詩篇93,1)『立て、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして付けなさい』(エフェソ6,14)。司祭、侍者、がアルバの上に締める白いひもは シンボルとして 今まで説明した事をすべて現しています。


                       聖書による足の意味とは?

    足は 人間の体の出発点で、頭が決めたことに忠実に従う体の大切な部分です。 足は 自然に正しさや正確さや慎みや節度のシンボルです。なぜなら、昔から人々は 物や場所の長さの寸法を測るために体の部分を(手、足、腕など)利用していたからです。 足の長さを使用した長さの基準で最も古いものは、シュメールに見られる。 その長さは、紀元前2575年ごろのラガシュの支配者グデアの像によって知ることができる。 古代エジプト、ギリシャ、ローマ、ヨーロッパのほぼ全ての文化で、足の長さを基準とする長さの単位が使われていました。 それにも関わらず、イスラエル人は足の寸法よりも腕の寸法をよく使いました(創世記6,15-16;出エジプト27,1-18エゼキエル40,5-49)

    人の足はまた、身体的にも霊的にもシンボルとしての意味を表します。 まず人の足は大地の塵に触れることから、謙遜と自発的隷属(れいぞく)のシンボルとなるのが普通です。 次に考えられるのは、人生は神への巡礼ですから 足は人間を神に近寄らせるということです。 例えば インドの宗教の思想によれば インド人にとって 自分の足に、あるいは 尊敬する人の足に宝石を飾ったり、足の指に指輪を付けたり、または色を塗ったりすることは それは人間の尊さを表すことになります。 また、仏教では 当然、「極楽の道案内」の仏様の足に対して崇拝を現します。 イスラエル人は足に飾りを付ける習慣はありませんが、かえって、尊敬のしるし人の足を洗うことや足に香水を塗る伝統的なもてなしを行います。 このように、罪の女がイエスの足を涙でぬぐい、イエスも自分の弟子たちの足を洗いました。(ルカ7,38とヨハネ13,5

    さて、イスラエルの歴史全体は 神への旅路であります。太相アブラハムを初めとして、出エジプトと様々の追放を通して、イスラエルの人々は何世紀にも渡って 神の巡礼者でした。そういう訳で、イスラエル人は いつも巡礼者として認められ ある時にはエルサレムを目指しますが、とにかく、いつも神を探し求める人です。 ですから 民の過去を思い巡らしながら、イスラエル人の巡礼者は どうしても、自分の足で長く歩く必要がありました。 更に、彼等は決められた詩編を歌いながら、飛び上って踊りながら神に近寄ろうとします。

    預言者イザヤは 救いの良い知らせを述べ伝える人の足をほめたたえます。「いかにうつくしことか 山々を行きめぐり、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げ、あなたの神は王となられた、とシオンに向かって呼ばわる」(イザヤ52,7)。 ご存知かも知りませんが、1964年まで パリ外国宣教会の宣教師たちは、総長から決められた国に出発する日に、パリミション会のオルガン奏者グノーが(
新しい司祭にキスをする)作曲したイザヤの言葉の賛美歌を歌いながら 出席した人全員から自分の足に「さよならのキス」を受ける習慣がありました。 オリンピックを開崔した(Pierre de Coubertin 姉の横の幼い子)クーベルタンの父Charles Louis de Fredy de Coubertin1868年にこの伝統的な式を有名な絵にあらわして記念しました。

     

       聖書によるシュロの木(なつめやし)とその枝の意味とは?

   なつめやし(シュロ)の木は、ほかの木のすべての若枝や芽や緑の小枝と同様に 昔からずっと不死、生命、若さと勝利の普遍的なシンボルです。

詩編92,13は、「神に従う人は なつめやしのように茂る」と告げています。 なつめやしは注目に値する木で、そのユニークな美しさは、広く、あらゆる場所で有名です。 そしてそれが、キリストの人生と経験を描写する多くの点と適合します。 従って、シュロの木のように、キリスト者の生活は、霊的で、道義的な本当の美しさを明らかにするものでなければなりません。 詩編90,17が述べているように、神の似姿に創られた人間は、神の神聖な美しさをもっています。「主である我々の神の美しさを、我々の上に」と。 キリスト者の生活に反映されるはずであるのはこの美しさだ とシュロの木が思い起こさせます。 そういう理由で、シュロの枝は 時々神の聖性や 禁慾と苦行によって清められた魂、あるいは人の正しさのシンボルでもあります。

   シュロと枝は世界中の勝利のシンボルとして使われました。 古代ローマの競争、と古代ギリシャのオリンピック競技の時には勿論、あるいは戦争で勝利して戻った時にも、軍隊や優勝者には一本のシュロの枝が授与されたので、シュロの木が勝利の栄冠の意味に用いられるようになりました。

   さて、エジプトの砂漠で 奴隷制度のためにひどく苦しんでいたヘブライ人は オアシスのそばに繁茂するシュロの木を見る度に、昔のエデンの園を思い出しました。 確かに、オアシスとシュロの木が 自然に、憩いと豊かさ、また 楽な暮らし、新鮮さ、命の豊富のシンボルとなります。砂漠での40年間の生活を終え、約束の地に入った時に ヘブライ人はヨルダン川とシュロの木々が与える涼しい影やおいしい果物を発見します。 確かに、なつめやしの実は、のどが渇き、おなかがすいた人たちのために、食物と飲み物の両方を提供します。

   ヘブライ人の目にはこの木々が同時に40年間の試練に対する最後の勝利と 約束の地の豊かな暮らしを表しました。このように、聖書によく出てくるシュロの木はエデンの園の命の木を表し、その枝は死と試練に対する勝利を表すようになりました。 従って、初代教会の信徒が カタコンベの壁に「命の木」であるキリストの十字架を表すために シュロの木を描き、更に、信仰を堅く守りながら、キリストのために命を捨てた殉教者の墓の壁に一本のシュロの枝を描きました。 迫害の時代が終わると、美術家は殉教者の一つの手に殉教の道具を、他の手にシュロの枝を持たせるという描き方で「命の勝利」を表わそうとしました。

   シュロの枝の象徴的表現は聖書のさまざまな場所で明白です。 例えば、聖徒たちの最終の勝利が黙示録の7章の記述によって描かれています。「大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ。 救いは、玉座に座っておられる私たちの神と、小羊とのものである。」  (黙示録7,9-10

   ヨーロッパにおいて キリスト者たちは イエスのエルサレム入城を思い起こさせる「枝の主日」に祝別されたシュロの枝を 必ず 親しい人の墓に供えます。 このようにして、彼らは 罪と死に対するキリストの復活の勝利を宣言するのです。

(下にある写真の説明)  シュロの枝を持つ白い鳩は 天国で永遠の幸せを味わうキリスト者の魂を表す

                             


                        聖書が語る「杯」の意味とは?

    古代文明によると ブドウ酒やアルコールを受ける杯は 二つの意味を表します。  一つは、喜び、幸福、幸運、勝利 と祝福、もう一つは 怒り、裁き、不幸、悪い運命、呪いです。  聖書も、杯に対して 同じシンボルをよく使っています。  例えば、詩篇16,5によると 杯は幸せと幸運を表して、「主は、私に与えられた分、私の杯、主は私の運命を支える方」ですが、受難に出会うキリストによると 杯は 望ましくない運命を表します「父よ、出来ることなら、この杯を私から過ぎ去らせてください。」(マタイ26,39)です。  また聖書は杯のシンボルを使って、神の怒り、裁き、最後の審判を表そうとします。  このように、「おりまで杯を飲む」(詩篇75,9)、「神の怒りの杯」(黙し示録14,10)という言い方は イスラエルの民の敵、及び、神に逆らう人々のために整えられている恐ろしい罰を指します。

    初代教会では 「杯」は キリストの晩餐を思い起こさせ、また、キリストのために命をささげた殉教者の犠牲を表すようになります。  「この私が飲もうとしている杯を飲むことが出来るでしょうか?」(マタイ20,23)と書かれていますが、 主の杯を飲むことは、キリストの死と復活と栄光に預かることです。  迫害の時代から 杯は 殉教者の勝利を示し、現代では、その意味は強くなりました。  このように 、スポーツ、コンクール,競争の優勝のトロフィーは 必ず金の杯となります。

    さて、1180年代にフランスの詩人クレティアン・ド・トロワによる未完の騎士道物語『パーシヴァル、あるいは聖杯の物語』は、イギリスフランスドイツなどを中心に、ヨロッパ全体に広がりました。  それによれば、アリマタヤのヨセフが 晩餐の時にキリストが使った杯で 十字架に付けられたイエスの血を受け取りました。  その後、アリマタヤのヨセフは その聖杯を持ってアヴァロンの島に渡ったそうです。  この杯は(古代フランス語Saint Graal今は スペインのヴァレンチア(Valencia)大聖堂に保存されています。 教皇ヨハネ・パウロ2世は 2回この杯でミサ祭儀を行いました。 

    聖杯は 特に キリストの神秘を表し、それを一所懸命に探し求める人は 騎士パーシヴァルのように キリストの光のうちに個人的な啓示を受けると言われています神を知ること、神を味わうこと、これこそ 最高の報い、至上の幸福ではないでしょうか?

              ヴァレンチア(Valencia)大聖堂に保存されている聖杯 
聖杯の歴史について詳しい説明は次を参照 http://www.geocities.com/Athens/Rhodes/3946/santocaliz/index.html


聖書による「腎臓」の意味とは?

    こんにち 腎臓というと 人はすぐ体の生理学的な機能を考えます。確かに、腎臓は体の血液中から水分や窒素代謝産物などをを濾過しながら、尿を生成し、これを体外に排出します。しかし、聖書の時代には 腎臓が非常に大切な意味と重要なシンボルを表しています。

    古代の人々は、神々に 動物の肝臓と心臓をささげる習慣がありました。 イスラエルの民も、神との和解の印として このようないけにえを捧げました。例えば、レビ記を見れば[3章4-5節]「和解の捧げものとする場合は二つの腎臓とそれに付着する腰のあたりの脂肪、および腎臓と共に切り取った肝臓の尾状葉を取るアロンの子らは これを、祭壇の燃えるたきぎの上で焼き尽くす。 これが燃やさして主に捧げる宥めの香りである。」

    人間と関連すると、腎臓は特に 子供を産む可能性と生まれる子孫を表します。 例えば、神はダビデに次のように言いました「あなたではなく、あなたの腎臓から出る息子が私の名のために神殿を建てる」(列王記上8章19節) また様々な個所でこのような書き方を見つけます。 「メルキゼデクがアブラハムを出迎えた時、レビはまだこの父の腎臓の中にいたのです」 (ヘブライ7所10節)。 従って、イスラエルの民にとって、腎臓は 力と生命力のシンボルとなります。 「男らしく、腎臓に帯をせよ見よ、腎臓の力を」(ヨブ記8章2節 と 40章16節)「どうか、主よ、敵の目を暗くして彼らの腎臓は絶えず震えるようにしてくだい。」(詩篇69,23−24)

    しかし、腎臓は人間自身の最も私的、親密な場所を指し示します。 人が正しいかどうか、神は彼の腎臓と心を探ります。「心と腎臓を調べる方、神は正しくいます」(詩篇7,10)「主である私は 心を探り、人の腎臓をきわめ、人の行いに従って報いる」(エレミヤ17章10節))または(黙示録2,23) イスラエル人にとって 心と腎臓は 人の良心、人間の感情や内面的な行動のある場所だと思われています。 ヘブライ語はいつも具体的なイメージを使って、抽象的な物事を表わそうとします。 「良心」の代わりに「腎臓」は一番適応した単語です。 腎臓は良心の中枢です。 人間の秘められた欲望がここにあると思われています。「主よ、私を調べ、試み、腎臓と心を 火をもって試してください」(詩篇26,2) 「私は忠告された主をたたえます。 そうです、夜になると、私の腎臓を戒める。」(詩篇17,7)

    皆さん、今 述べた聖書による腎臓の意味をはっきり理解されていると思います。ですから、もし、いつか自分の腎臓や腰の痛みを感じるなら、医者の所に行く前に、まず自分の良心にとがめることがあるかどうか自問してください。

                            
 聖書による7本の支柱の燭台の意味とは

   エルサレムの国会議事堂(Knesset) の前に 堂々とした7本の支柱のある燭台が置かれています。 この燭台は「メノーラmenorah」と呼ばれ、勿論、礼拝の伝統的な道具です。 しかし、現代のイスラエル人にとって、特にこの燭台は、その足もとに刻まれている通り、信仰、希望のシンボルでもあります。

   神の詳細な命令に基づいて作られ(出エジプト25,31-40)、絶えることなく、神の栄光を現す役割を持っているこの「メノーラ」を、モーセは神の幕屋に置きました。(レビ記24,3-4)。 純金で作られたこの燭台の7本の支柱はアーモンドの花で飾られて、小さな火皿を支えています。 毎朝、祭司たちはこの火皿にオリーブの油を注ぐのを義務としていました。 しかし、典礼の礼拝式の道具であるこの「メノーラ」は何よりもまず シンボルとしての役割があるので、イスラエルの長い歴史の間中、その意味も度々変わりました。 聖書の中で、預言者ゼカリアだけが この燭台の意味を語っています。(ゼカリア4,1-14)「この七つの火皿は、地上をくまなく見回る主の御目である」と。 即ち、「神があらゆる状況において、いつも、至る所で、絶えず自分の民を見守る」という事実をこの燭台は表わそうとしています。

   エルサレムの都とその神殿がローマ人によって破壊された後、神殿の燭台はローマまで運ばれました[紀元70年]。 ローマにある ティトゥス皇帝の凱旋門の浮彫りはその出来事を語っています。 「ユダヤ戦記」を書き記した フラウィウス・ヨセプスも(Flavius Joseph紀元37100)詳しくこの出来事を述べながら、イスラエルの燭台の意味を書いています。 彼の説明によると 真ん中の火皿は 太陽を、残っている六つの火皿は惑星を表します。 ユダヤ人学者のアレクサンドリアのフィロンも、(Philon d’Alexandrie紀元前12〜紀元後54)同じ説明をしました。 また 聖書についてのユダヤ教の教え(Targum)のによると この火皿は七つの惑星を表しますが、特に「自分たちの徳によってこの世を照らしている正しい人」を表現するそうです。 更に、ユダヤ教の古い説教の中で(Midrash)次のような説明もあります。 「神の前に 正しい人の顔が輝いていると同様に、燭台は神の現存の前で まわりを照らしている清い道具です」と。

   しかしエルサレムの神殿の破壊のあとで、イスラエルの民がローマ帝国の国々から追放されました。 そこで、ファリザイ人と律法学者は皆を励ますために沢山の説教や説明(mishna, Talmud) を書き記しました。 その中では次のような説明が見つかります。「典礼の燭台は 世界を照らすために 様々な国に散らされたイスラエルの民全体を示すようになります。」と。 その時から 安息日の日に典礼のために使っている この燭台は ユダヤ人の信仰の絆となり、 イスラエル人の一致のシンボルとなりました。 このようにして、イスラエル人は 何処にいても 神の現存の光の中に人生の旅路を歩み続けます。

   最後に キリスト教による理解もあります。それはヨハネの黙示録の中で見つかります。「(黙1,202,1-5)。 ヨハネによると 純金の七つの燭台は アジアの七つの教会、即ち、聖霊の賜物で満たされているキリストの教会であり、言い換えれば、 神の現存の中に守られている 新しいイスラエルでもあります。 迫害や試練は 決してキリスト者の信仰と希望を消すことが出来ません。 このように、ヨハネが幻で見た燭台も エルサレムの国会議事堂の前に置かれている燭台も 同じシンボルを表しています。 ユダヤ教とキリスト教は同じ神を信じ、礼拝し、同じ神に希望を置くのです。 ですから 「光の子」であるキリスト者の私たちと、「世を照らす者」であるイスラエル人とは 手に手を取って 神の現存の前で 正しく、顔を輝かせ、信仰と希望の道を共に歩みましょう。
                   

                聖書による鍵の意味とは

   鍵の特徴とは 門を開けたり、閉めたりできることです。 マタイの福音書1619節に、イエスがペトロに「私はあなたに天の国の鍵を授ける。 あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。 あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」と言いました。 それゆえペトロは天国の門の門番とされ、初期キリスト教時代以来、2本(金と銀)の鍵がペトロとすべての教皇のシンボルとなりました。 金と銀の二つの鍵が交差する形で描かれる天国の鍵も、教皇のシンボルとして用いられています。 そのうちの銀の鍵は現世的な権威を、金の鍵は宗教的な権威を示しています。

   しかしこの鍵は まずヤヌスの神の手にあったものです。 というのはローマ神話の門戸の神(Janus:ヤヌス)は、天と地、前と後ろを見る二つの顔を持つ神であり、彼の右手は杖をつかみ、左手は金と銀の鍵を握っています。 過去と未来を同時に見ることが出来ると思われたので、旧年と新年の両方に接している変わり目の月にふさわしいと言うことで、一月の呼び名をJanuaryとしました。 ローマのフォロ・ロマーノにはヤヌスの神殿があり、その扉は、平和時には閉ざされ、戦時には開かれるのが習慣でした。

   鍵は自由と権威の昔のシンボルでした。 裁判権と命令権の標章がまざっているのと同じようなものです。 これは地方のローマの知事たちは裁判をする責任を持ち、食料品の適当な値段を維持し、軍隊の規律が守られるように注意を払う裁判権と命令権です。 鍵は旧約と新約聖書のなかで、同じシンボルを持っていました。

「私は彼の肩に、ダビデの家の鍵を置く」(イザヤ2222節、黙示録37節)という言い方は、神が誰かに非常に重大な責任、あるいは王の権能とイスラエルの民に対する支配を与えようとする事を示します。 また同時に、人に自分の家の鍵、あるいは、町の鍵を渡すことは、相手への信頼の印を表しています。  従って、罪と死に打ち勝った、復活されたキリストは 「死と陰府の国の鍵」をしっかりと持っています。「私は最初の者にして最後の者、また生きている者である。 一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。」(黙示録1章17−18節)昔は、城壁で取り囲まれた町が多いでしたが、敵の攻撃に耐えられないと判断したら、町と国民が滅びるのを避けるために、責任者は敵の手に「町の鍵」を渡す習慣がありました。 それは敵に対する降伏を示しています。 このような意味で、鍵は安全のシンボルといえます。

また鍵は、知識と入門儀式のシンボルでもあります。 「あなたたち律法の専門家は不幸だ。 知識の鍵を取り上げ、自分が入らないばかりか、入ろうとする人々をも妨げてきたからだ」(ルカ1152節)と書かれています。

                    

 聖書による香と香炉の意味とは

    香の歴史はかなり古く、紀元前3000年のメソポタミア文明のころまで遡る。 種類も多く、白檀、丁香などのように樹木の皮、葉、根などの粉末や、乳香安息香など、芳香のある樹脂や麝香竜涎香など動物性のものがあり、普通 香木と練香とに分けられる。 また使用方法の違いで、焚いて使用する香と、焚かずに体に塗る香に大きく別けられる。 このうち焼香も形状によって、棒状、コイル状、渦巻状の線香・粉末状の抹香に別けられるが、種類は多種に上る。

    わが国で初めて「香」として香木などを用いるようになったのは、仏教伝来の頃と考えられている。日本の歴史に始めて香が登場するのは1400年ほど前の推古天皇の時代である。『日本書紀』には「推古天皇3年(595年)4月にひと抱えもある大きな沈水香木が淡路島に漂着し、島人がそれと知らずかまどに入れて薪とともに燃やしたところ、その煙が遠くまで薫り、これを不思議なこととしてこの木を朝廷に献上した」と記されている。

    旧約と新約聖書が語る香は いつも宗教の典礼ために使われている。 香は特に礼拝者の祈りが神に達することのシンボルであり、また香炉は司祭職の象徴である。「私の祈りを御前に立ち上る香りとし、高く上げた手を、夕べの供え物としてお受けください。」(詩篇141,2)香は場所、祭壇、供え物、人々を清めるから、心の清さを現し、また神の聖性を思い起こさせる。香によって 特に人間と神、時の流れと永遠、死すべきものと不死を関らせる。それで占星術の学者たちは 幼いイエスに乳香を捧げることで 人間になった神への崇拝を表現した。

    旧約聖書は選ばれた祭司たちがどのように香を作っていたかを教える。(出エジプト30,34-38)「主はモーセにいわれた『以下の香料、即ち、ナタフ香、シェヘレト香、ヘルベナ香、これらの香料と純粋な乳香をそれぞれ同量取り、香を作りなさい。即ち、香料師の混ぜ合わせ方に従ってよく混ぜ合わせた、純粋な、聖なる香を作る』と。

    初代教会の信徒が 香を使っていたかどうか分からないが 聖ヨハネの黙示録(8,3-4)が次のように語っている。「また、別な天使が来て、手に金の高炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に捧げるためである」と。 しかし、迫害が始まった時に 自分の信仰を捨てる証拠として キリスト者が異郷の神々の偶像の前で 香をたく必要があったので、残念ながら、香は 「キリストを退けた」ことのシンボルとなった。 その理由で、長年にわたって、教会の信徒は 典礼の中で香を使用しなかった。今は昔のまま 香は 祈り、崇拝、礼拝、聖性、清さと霊的な生活のシンボルである。「キリストが自分自身を香りのよい供え物として神に捧げてくださったように」(エフェソ5,2)全ての信徒も「キリストの良い香りを至る所で放つように」(参照2コリント2,14-16)召されている。


        聖書による香と香炉の意味とは

    香の歴史はかなり古く、紀元前3000年のメソポタミア文明のころまで遡る。 種類も多く、白檀、丁香などのように樹木の皮、葉、根などの粉末や、乳香安息香など、芳香のある樹脂や麝香竜涎香など動物性のものがあり、普通 香木と練香とに分けられる。 また使用方法の違いで、焚いて使用する香と、焚かずに体に塗る香に大きく別けられる。 このうち焼香も形状によって、棒状、コイル状、渦巻状の線香・粉末状の抹香に別けられるが、種類は多種に上る。

    わが国で初めて「香」として香木などを用いるようになったのは、仏教伝来の頃と考えられている。日本の歴史に始めて香が登場するのは1400年ほど前の推古天皇の時代である。『日本書紀』には「推古天皇3年(595年)4月にひと抱えもある大きな沈水香木が淡路島に漂着し、島人がそれと知らずかまどに入れて薪とともに燃やしたところ、その煙が遠くまで薫り、これを不思議なこととしてこの木を朝廷に献上した」と記されている。

    旧約と新約聖書が語る香は いつも宗教の典礼ために使われている。 香は特に礼拝者の祈りが神に達することのシンボルであり、また香炉は司祭職の象徴である。「私の祈りを御前に立ち上る香りとし、高く上げた手を、夕べの供え物としてお受けください。」(詩篇141,2)香は場所、祭壇、供え物、人々を清めるから、心の清さを現し、また神の聖性を思い起こさせる。香によって 特に人間と神、時の流れと永遠、死すべきものと不死を関らせる。それで占星術の学者たちは 幼いイエスに乳香を捧げることで 人間になった神への崇拝を表現した。

    旧約聖書は選ばれた祭司たちがどのように香を作っていたかを教える。(出エジプト30,34-38)「主はモーセにいわれた『以下の香料、即ち、ナタフ香、シェヘレト香、ヘルベナ香、これらの香料と純粋な乳香をそれぞれ同量取り、香を作りなさい。即ち、香料師の混ぜ合わせ方に従ってよく混ぜ合わせた、純粋な、聖なる香を作る』と。

    初代教会の信徒が 香を使っていたかどうか分からないが 聖ヨハネの黙示録(8,3-4)が次のように語っている。「また、別な天使が来て、手に金の高炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に捧げるためである」と。 しかし、迫害が始まった時に 自分の信仰を捨てる証拠として キリスト者が異郷の神々の偶像の前で 香をたく必要があったので、残念ながら、香は 「キリストを退けた」ことのシンボルとなった。 その理由で、長年にわたって、教会の信徒は 典礼の中で香を使用しなかった。今は昔のまま 香は 祈り、崇拝、礼拝、聖性、清さと霊的な生活のシンボルである。「キリストが自分自身を香りのよい供え物として神に捧げてくださったように」(エフェソ5,2)全ての信徒も「キリストの良い香りを至る所で放つように」(参照2コリント2,14-16)召されている。

                               

聖書による「オリンピヤ競技会」の意味とは?

    聖パウロは古代ギリシャの宣教師でした。彼はオリンピヤの競技のお陰で救いの象徴を見つけました。人々が思い込んでいるのとは逆にオリンピヤ競技会は 競技の競争よりも宗教の大会でした。つまり、すべての神々の父であり、命と調和の源泉であるゼウスの神の名誉のために 4年ごとにギリシャのあらゆる所から人々はオリンピヤに集まって来ました。 競技会の期間は5日間ですが、初日は開会式とゼウスの祭典で始まります。 三番目の日の夜、人々はたいまつを持って、ゼウスの神殿まで賛美歌を歌いながら長い行列を行います。 最終日には勝者を讃える宴がそれぞれ行われたので、競技自体は3日間で実施されました。 古代オリンピヤで競技の祭典の時に 人々は ゼウスの神にぜいたくな捧げ物や供え物や奉納物を捧げた後、賛美歌を歌ったり、神聖な踊りをおどったりします。そして出席した人々は皆 平和を守ることや正直に生きることや、偽りを退けることなどの誓願を立てました。 使徒パウロは福音宣教のためにこの精神的な諸価値を上手に使いました。彼が残した様々な手紙はこれを証しています。

    走ることはオリンピヤ競技会のおもな競争でした。優勝者はオリーブの冠を頭に受け、彼の名はオリンピックの年の名とされ、そして優勝者の彫像がゼウスの神のすぐそばの聖域内に建てられます。使徒パウロはそれを利用しながら キリスト者が目指さなければならない勝利としてしまいます。「あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は、皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。」(1コリント9,24)勿論、「賞を得る者は一人だけ」と言ったパウロは、「信仰の勝利を得る者はとても少ない」とは言わないでしょう ! むしろ イエスの弟子となった全ての人が既に勝利を得たのです。しかし、キリスト者が悪に打ち勝つためにどうしても自分の生き方の中に犠牲や規則や厳しい修練を持つべきだと使徒パウロは勧めています。「競技をする人は皆、何事にも節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を得るために節制するのです。 だから、私としては、やみくもに走ったりしません」(1コリント9,25-26)キリスト者の人生の目的とは待たずに神と共に親しく生きながら、霊的な開花を全うすることです。

    もう一つの競技が使徒パウロの注目を集めました。それは「古代の殴り合い」つまり現代ボクシングと呼ばれるものでした。「私は、空を打つような拳闘もしません。むしろ、自分の体を打ちたたいて服従させます。それは、他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです。」(1コリント9,27)このように使徒パウロは ボクシングのうちにキリスト者の生き方の大切な部分である節制のシンボルを見分けました。キリストを信じる人はオリンピックの選手のように ありのままにすべてを受けることが出来ません。節制、規則、自分を支配し、自分と戦うことによってキリスト者は 必ず自分の信仰を強め、洗礼によって得た栄光の冠を安全に保つことが出来るのです。それによって彼の心のうちにキリストの言葉があふれるほど湧き出ます「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」(ルカ10,20)それは 古代オリンピヤ競技会の時のように ただ1年のためだけではなく、むしろ、永遠のためです。

                     

                           聖書により蛇の意味とは

 蛇は足を持たない長い体や毒を持っていること、脱皮をすることなどから「死と再生」を連想させ、長い間餌を食べなくても生きている生命力などにより、古来より「神の使い」などとして各地でヘビを崇める風習が発生しました。最近でも蛇の抜け殻を「お金が貯まる」として財布に入れる風習もあります。また、漢方医学民間療法の薬としてもよく使われています。日本では白蛇は幸運の象徴です。

 蛇は古来、世界的にも信仰の対象です。各地の原始信仰では、蛇は大地母神の象徴として多く結びつけられています。ネズミなどの害獣を獲物とし、また脱皮を行う蛇は、豊穣と多産と永遠の生命力の象徴でもあります。また古代から中世にかけては、尾をくわえた蛇のデザインが「終わりがない」ことの概念を象徴的に表すとされました。

 ギリシャ神話においても蛇は生命力の象徴です。杖に1匹の蛇の巻きついたモチーフは「アスクレピオスの杖」と呼ばれ、医学の象徴として世界的に用いられています。また、杯に1匹の蛇の巻きついたモチーフは「ヒュギエイアの杯」と呼ばれ、薬学の象徴とされています。ヘルメスの神が持つ2匹の蛇が巻きついた杖「ケリュケイオン」は商業交通などの象徴です。「アスクレピオスの杖」と「ヘルメスの杖」は別のものですが、この二つが混同されている例もあります。

 ユダヤ教やそこから発展したキリスト教イスラム教では蛇は悪魔の化身、あるいは悪魔そのものとされました。聖書の話の中には蛇がよく出てきます(創世記3章、出エジプト7章、民数記21章、列王記下18章、マルコ1618節、ルカ1019節、黙示録12章など)聖書の蛇は、命と死、知恵と混乱、性と豊かさを現し、度々、メソポタミアの地下の世界の神々と関連されています。その上、「生きた神」と呼ばれるエジプトのファラオの頭の飾りにされている蛇は、彼の権能と支配を表現しています。そのためイスラエル人にとって蛇は、憎むべき敵の象徴であり、同時に偶像礼拝のシンボルでもあります。

 古代エジプト人は死者を地下の世界の危険な力から守るために、動物の形をしている小さなレプリカを死者の体のそばに置く習慣がありました。このレプリカのお陰で「死の脅威」を必ず「安全と救い」に変化出来ると思われていたからです。古代エジプトのファラオはその象徴を冠として頭にはめていました。そう言う訳で、その迷信を利用してエジプトの影響を受けたヘブライ人から毒蛇を遠ざけるために、モーセは青銅の蛇を目立つ旗印としました。それを見た人は、蛇にかまれても死ななかったそうです(参照:民数記21,9)  実際そのことは、神ご自身が自分の民を守られたことに他なりません。

 キリスト者は、救いは決してお守りや魔除や人間が作ったものなどから来ないと固く信じながら、ただひたすら「死に打ち勝って、復活されたイエス」をしっかりと見つめて、キリストの内に永遠の命の希望を置くのです。蛇の年(巳年)のこの1年、私たちがそれを世界の人々に伝える使命と責任を持っています。特に、信仰年に当たって一緒に、誇りを持ってその務めを実践しましょう。新年おめでとうございます。

 
                 

     アスクレピオスの杖    ヒュギエイアの杯        ケリュケイオン

    聖書による王座の意味とは (カテドラル、バジリカ、聖座)

    聖書の教えによれば神はケルビンの上に座しておられる。(詩篇80,2)それを具体的に現したのは モーゼが作った、エルザレムの神殿に置かれていた、契約の聖櫃だった。この箱の上ある二つのケルビンの羽が神の王座を表現した。神が見えなくても、その座る場所を見れば、神の現存を具体的に表現出来る。1950年イスラエルのべタニアの村で、空っぽの王座に赤いクッションの置かれた 特別な壁画が発見された。初代教会の時に描かれて、その空っぽの王座とクッションは 栄光の王である神の座と同時に栄光の中に来られるキリストの座のシンボルである。更にまたこの王座は ほふられた神の子羊の座を現す(黙示録49115,13)このようにして、初代教会の美術家は イスラエルの伝統を守って、一緒におられるキリストの現存を空っぽの王座と赤いクッションによって表した。

    しかし、他の国の文明を古代から見れば、既にアレクサンダー大帝(紀元前356-323)の影響を受け、ギリシャとローマの支配者や皇帝たちは 貨幣に刻印を押した時に 金の表に自分たちの肖像と銘を、裏に空の王座を押す習慣があった。この王座のクッションの上に 当の支配者のシンボルが置かれている。アウグステュトス皇帝は ローマの競技に出席出来なかったときに、自分の現存の印として、自分の王座を協議の場までは運んでもらった。同様に、カリグラ皇帝もカピトルの神殿に自分の支配を現す空っぽの王座を置いて、皇帝に対する服従を示すために 皆がその前にひざまずいたそうである。

    さて、この昔の習慣は今日まで続いている。即ち、各大聖堂にある石の王座は 司教あるいは大司教の座を現す、彼らがその場に居ても居なくても。ギリシャ語で「Cathedraカテドラ] と呼ばれているこの座は建物全体にその呼びかけを広げた。大聖堂とも呼ばれるカテドラルはいつも司教の現存とキリストから授かった権能を現す。むしろ、教皇の現存と権能を表すものは バジリカ(ギリシャ語 basileus,王や皇帝、権力者 という意味)とよばれている。これを示す二つのシンボルとは 教会の中央に「左と右」に置かれている(Ombrellinoオンブレリノ赤と黄色の閉じたパラソル)と教皇の紋章の下に書かれた[tintinnabulle小さな鐘]である。教皇だけが 特別な理由で、ある教会がバジリカになるかどうかを決める。ご存知のように、パリの聖心寺院(Sacre Coeur)とリジューの聖テレースの聖堂もバジリカである。

    それを理解すれば ヴァチカンの大聖堂はローマの司教の座であり、ローマのバジリカ聖ラテラノ教会は 教皇の座であることがわかる。更に、聖ペトロの座(Sancta Sedia 聖座)と呼ばれるものは 世界に広がっている教会を生かすために教皇と大勢の人が務める場所を示し、つまりカトリック教会の事務局のようなものである。

           
              空っぽの王座を現す一枚の金[1世紀

聖書による「ぶどう酒」の意味とは (遊蕩や不品行から神との契約まで)

   古代の人々にとって、ぶどう酒は神々の飲み物であり、不死、血と知識のシンボルでもある。しかしこの伝統的な影響を受けた聖書の教えによるとぶどう酒は悪い評判と良い評判を持っている。創世記の物語によればノアが最初のぶどう畑を作ってから後に、最初の酔いしれた人であり(創世記921)また、ロトの娘たちは自分たちの父を酔わせることで最初の近親相姦をおかした人である。(創世記193038)そういう訳で聖書の中でぶどう酒はまず「自制心を失うこと」のシンボルとなった。預言者エレミヤとイザヤは、その後、使徒ヨハネも ぶどう酒は「罪人の愚かさ」と共に「罪人に対する神の怒りと懲罰」のシンボルとした。「私の手から怒りのぶどう酒の杯を取り、私があなたを遣わす全ての国々にそれを飲ませよ。彼らは飲んでよろめき、私が彼らの中に剣を送る時、恐怖にもだえる。」(エレミヤ251516)(イザヤ5117)(黙示録915)更に、使徒ヨハネはぶどう酒を「偶像礼拝との売春」のシンボルとする。(黙示録148)それにも拘らず 聖書は度々ぶどう酒を喜びと命の印として示し、酔うことは命の充満を与えるとして、「酒は適度に飲めば、人に生気を与える。 酒なき人生とは何であろうか?」(シラ書3127)と言い、酒の欠如はかえって死、死別の悲しみ、試練を示す。(ゼファニヤ113)また、神に自分の全てを捧げたい人は「ナジル」と呼ばれ、絶対に酒を飲まず、ぶどうの実も生であれ、干したものであれ食べてはならない。(民数期63)ぶどう酒を飲まない洗礼者ヨハネは「ナジル」だった。

    しかし、雅歌の物語は ぶどう酒を性行動と関連して、知識の泉、楽しみと愛のシンボルとした。(雅歌2,45,1) 聖書によると、ぶどう酒はまた神の祝福のシンボルであり(創世記2728)神とイスラエルの民の間に結ばれた契約を示し、祭壇の捧げものとして、世の終わりに神が整える御馳走を現す。「万軍の主はシオンの山で祝宴を開き、全ての民に良い肉と古い酒を供される。それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。」(イザヤ256)新約聖書の中でぶどう酒は 新生「新しいぶどう酒は新しい革袋に入れるものだ !」(マタイ917)結婚(カナの奇跡 ヨハネ2111)と、宣言する福音の良い知らせのシンボルである。(マルコ222) 晩餐の夜イエスは感謝の祈りを唱えて、ぶどう酒の杯を取って弟子たちに渡して言われた「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流される私の血、契約の血である。言っておくが、私の父の国であなた方と共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」(マタイ262729)このイエスの言葉こそぶどう酒の様々なシンボルと結ばれている。(知識、喜び、命、死、試練、血、神との契約、神との祝宴)キリストは「ぶどうの木」なのではないか?

   私たちが喜びと抑制の内に「乾杯」する機会があれば 天国で神が私たちのために整えた祝宴と、神と結ばれた永遠の契約を 必ず思い出しましょう。

         聖書による髪の毛、ひげ、はげの意味とは

    長い髪の毛とひげは 責任と権威を持つ人のシンボルであり、また栄光の印でもある。イスラエルの王初め、預言者、大祭司、ファリザイ人と律法学者は 特に、髪の毛とひけを他の人よりも長くする。権威のある主イエスも 目立つひげと豊かな髪の毛を持っていた。ところが、それを絶対に切ってはならない。なぜなら、髪の毛とひげを強制的に切ること(2サムエル記10,4;イザヤ7,20)、抜くこと(エズラ9,3;イザヤ50,6)あるいは 自分でそれを隠すことも(エゼキエル24,17)最大の侮辱と不幸の極限を現す印であるとされていた。そう言う意味で、アメリカのインディアンは 敵の髪だけでなく、頭皮まではいだのである。

    さて、ダビデ王の息子アブサロムと有名なサムソンが持っていた長いと豊かな髪が彼らの若さや男らしさや力強さと特別な個性を現した。彼らはすぐ感情的に行動するがその動きの中で判断と知恵の欠如もある。更に、毛深いエサウは愚かな者の典型的人物である。(創世記25,27-34) 人の知恵と賢明さを現ものは白髪だけと聖書は良く教える。人の髪の毛を櫛でとくことこそ 親切、思いやり、信頼、親密さと愛情を示す印だ。従って、親しい人が死ぬ時にあるいはひどい病気にかかった時に イスラエル人は、喪や悲嘆や悲しさの印として自分の服を破り、髪の毛を無茶苦茶にする。ところが、罪を償うため、あるいは誓願や犠牲や屈服や従順を示すために、使徒パウロのように髪の毛を切る人もいる。(使徒言行緑18,18

    「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」(マタイ10,30)とイエスが言われた。はげ頭の人は不幸だろうか? それとも恵まれているか? 聖書は二つの例を与える。民数記の16章が悪い思い出を残していて、「はげ頭の人」とヘブライ語で呼ばれた「コレ」について述べている彼はモーゼに激しく反抗したので、「大地が口を開き、彼と彼に属するもの全てを呑み込み、生きたまま彼は陰府へ落ち、地がそれを覆った。」しかし、2列王記2,23によると、あるグル−プの子供たちが 預言者エリシャを嘲笑って「はげ頭、上がって行け、はけ頭、上がって行け」と叫んだが、上がったのは 急に表れた二頭の大きな熊だった。この熊が42人の子供を引き裂いた。

    呪われたコレと守られたエリシャというこの二つの出来事にもかかわらず、一般的に、聖書が「はげ頭の人」について教えるのは次のようである。はげの人は 尊敬すべき弱い人、力を失った人、谷間に置かれた人、憐れみと助けの必要な人の数に属する。 だから、神に最も愛されている人である。神がはげ頭の預言者エリシャを選んだのは、ご自分の愛と憐れみを示すのではないだろうか?とにかく、髪の毛があっても、なくても、神の愛に生きる喜びを告げ伝えよう!初代教会の美術家が残した使徒パウロの絵を見ると、確かに、彼も「はげ頭の人」であった。きっとそういう訳で、弱さのシンボルであるそのはげのお陰で、イエスは彼を次のように励ましたと思う。「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分発揮されるのだ」(2コリント12,9) はけ頭の私もこの貴重な言葉から希望と励みを見出す。神に感謝。

                                      

                        聖書による園の意味とは

    
古代エジプトのファラオとメソポタミアの王たちは、砂漠の熱風を避けるために、建てられた宮殿のすぐそばに立派な閉じた庭を作る習慣をもつようになった。この園は 国の優れた文明を示し、中に入る者は、ただファラオと王達と、また、彼らが敬意を表したいと誘った親しい人だけだった。確かに、庭園はどこの国でも人間の優れた文明や荒れ果てた自然に対する人間の力と知恵を表す。実例としてバビロヌの空中庭園、ヴェルサイユ宮殿の庭、イギリス式と日本風庭園が有名だ。

    全ての神話は神々が幸せと豊かさのあふれる楽園に住むと語っている。ギリシャのゼウス神とヘラ神の結婚は 世界の西の果てにある「ヘスペリデスの園」Hesperides)で行われた。この園は特に絶えずよみがえる豊かさと多産性の象徴である。神がアダムのために創造したエデンの園はこのような庭だった。神が世界の東の果てに人間の幸せのために創られた美しいエデンの園はエジプトの庭園によく似ている。そこで 夕方のそよ風の時に神はアダムとエヴァと共に散歩する。ところが神に反した彼らはこの園から追い出された。

   その時以来、生きるために人間は苦労し、顔に汗を流し、土を耕しながら畑を作ると同時に 昔のエデンの園を思い起こさせる自慢になる美しい庭園をも必ず作る。そう言う訳で 神が与える「約束された地」は、わざと、エデンの園のように、いつも豊かな実りを持つ乳と蜜の流れる土地として描かれ、例えられる。
(出エジプト3,17) 勿論、イスラエルの民は砂漠の厳しさの試練を耐え忍んで、熱風のせいで汗を十分流してから この楽園の地を受け継ぐ。時々聖書は神に従う人を「潤された園」と比較する。(イザヤ58,11 エレミヤ31,12

    さて、欧米では度々女たちは園の花にたとえられ(バラのように美しい、スミレのよういにつつましい、アネモネ、ジャスミンのように可憐。また、花の名は彼女たちの名となる(Rose, Violette, Jasmine, Anemone, Marguerite) 聖書の雅歌は特に花婿の恋人を花よりも 非常に豊かで、閉じた園にたとえられる。「私の花嫁は閉じた園、封じられた泉だ。あなたの流れはざぐろの園を作り、珍しい香りの精をもっている。ナルド、サフラン、香る葦、シナモン、そして香料になる木々、没薬、アロエ、すぐれた香味。」(雅歌4,12-14) さて、中央に一本の杉の木、あるいは、泉をそなえた修道院の中庭を囲む回廊は、命の木とエデンの閉じた園と共に雅歌の閉じた園を思い起こす。そこで、修道者たちが主の愛を味わい、神と共に親しく歩み、霊的な実を結び、キリストの良い香り持つように努める。(2コリント2,15)

    最初の人間は庭で罪を犯したので、キリストは血の汗を流してご自分の受難をオリーブの庭で始め、三日後、アリマタアのヨゼフの庭に置かれた新しい墓からイエスは復活する。更に、彼はその庭で、園丁の姿を借りて、マグダラのマリアに現れることによって 人間にもう一度神と親しく生きる恵みが与えられた事実を示す。(ヨハネ19,4120,15)この事実を立証するのは「あなたは今日私と一緒に楽園にいる」(ルカ23,43)と十字架上で一人の犯罪人に言われたキリストの言葉である。「主への畏れは、祝福の園であり、どんな誉よりも、人の力になる。」(シラ書40,27)私たちは、一般の庭、あるいは大きな公園、また、ただ一つの小さな盆栽を見る時に 必ずこのシラの言葉を思い起そう。また私たちはよく歌う讃美歌の言葉を心で歌おう。「私の魂は、主の庭をしたい、心と体は 生ける神にあこがれる!」

                          

     聖書による 白い鳩(ラテン語colomba,英語doveの意味とは

    昔から、どこの国でも、真っ白い鳩の美しさと優美な姿、また鳩の優しいささやきから 色々な象徴が生まれた。 特に白い鳩のつがいの忠実さと作った巣に長く住みつく事実から 鳩は 愛の忠実さと憩いの象徴となった。 皇帝アウグストゥスは解放奴隷の共同墓地を「コルンバリウム」と名付けた。ラテン語を直訳すると「鳩の巣」の意味で、骨壺を並べて置く棚のことである。 その壁面には1000個にものぼる壁がんが設けられていた。 現代ヨーロッパでは 火葬後、死者の骨壷はコルンバリウムに納める。 その言葉は今では「憩いの場」を意味する。

    「平和の鳩」と言う表現はノアの物語に由来する。 洪水の試練が終わりに近づく時、ノアは三回、箱船から白い鳩を放った。 一回目は鳩が休む場所を見つけずに直ぐ戻って来た。 二回目は鳩が戻って来たが新しい創造の始まりの印として、くちばしにオリーブの葉をくわえて戻ってきた。 七日間待ってからノアは三回目に鳩を放った。 今度は鳩が戻らなかった。(創世記81112)  この鳩は、宇宙万物と神との和解、および全人類と神との平和の契約の象徴となった。 このことから「白い鳩」は 契約のシンボルとなった。

    アブラハムが、豊かさの約束のシンボルである山鳩と、鳩の雛を、神の命令に従って、捧げる事によって、大勢の子孫を得る契約を神と結んだ。(創世記15章)  雅歌が「愛するおとめ」を「白い鳩」と呼ぶ理由は、 愛の豊かさと多産性を表現するためだ。(雅歌1,152105269)  従って、白い鳩は結婚の契約と愛の絆のシンボルとなる。  ところで雅歌の「 岩の裂け目、崖の穴にひそむ私の白い鳩よ、姿を見せ、声を聞かせておくれ」 (雅歌214)という節は、ある人によれば、あらかじめルルドの無原罪の聖母の出現を預言する。 確かに、ルルドの崖の岩の穴で、マリアは何回も白い服を着て、聖ベルナデッタに現れた。 恵あふれるルルドの聖マリアは、 罪人に神との和解や心の回心を求めながら、神の豊な恵みが彼らの上に注がれるように取り成す方である。

    さて、どうしてキリストが洗礼を受けた時に、聖霊は「白い鳩」の姿でイエスの上に留ったのか? ノアの時代と同様に、この鳩は 新しい創造や全人類と神との親密な一致を示す。 しかし、ノアの時代と違って、鳩はずっとキリストの上に留まるから、彼は「聖霊で満たされている方」である事を証する。(マタイ316;マルコ110;ルカ322;ヨハネ13233)  またキリストの内に神の全ての契約が実現され、完成されることを鳩の姿を借りた聖霊が表す。

    さて、初代教会の信徒は「白い鳩」を「魂」の象徴に変化してしまった。 と言うのは、鳩の軽さや敏捷さは人間の不滅の霊、存在に不可欠のものを示すから。  キリストの死と復活によって罪から解放され、キリストと一致する信徒は、神の愛の契約に生き続けるために、詩篇の詩人の言葉を自分たちの言葉にする。 「あなたの鳩の魂を獣に渡さないで下さい。」(詩篇7419)と。 ローマのカタコンベの壁に 白い鳩が杯に入った水を飲む場面が度々描かれている。それは、魂が永遠の命の泉から終わりのない幸せを頂くことを表すためである。「あなた方が信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。(1ペトロ 19


                           聖書による塩の意味とは

     塩は どこの国でも力、清さ、悪からの守り、保全と不毛の象徴である。 ご存知のように塩は食べ物を腐敗から守り、また料理の材料の味付をする。旧約聖書では捧げられた供え物を、神にもっと心地良いものとするために、その上に塩をたっぷりかける習慣があった。(レビ記2,13)それは、特に、神と結ばれた、絶対に破棄出来ない永遠の契約を強めるため、あるいはまた思い起こすためであった。(民数記1819)塩は力を与えると信じていたイスラエル人は 生まれたばかりの赤ちゃんを塩で擦る伝統を守っていた。(エゼキエル 16,4)

     イスラエル人は塩を畑の肥料として利用していたが 塩がきき過ぎた土地は 決して実を結ばないので 聖書では塩は 否定的な意味も持ち、不妊と不毛の象徴でもあり、また不幸のシンボルともなっている。 死海と塩の柱となったロットの妻は 避けることの出来ない目立つ例である。(創世記1926)昔、預言者エリシャが不毛の泉の水を良い水に変化しようと、この水の中に塩を投げ込んだことを(下列王記221)思い出し、様々な祝福のために教会でよく利用されている聖水の中にも塩が入っている。

     新約聖書は 度々塩の象徴を利用する。 例えば、「火で塩味を付けられる」とは 「信仰の試練と迫害を通して清められること」を意味する。(マルコ949) 「自分の内に 塩を持つこと」は 様々な試練と人々の無理解にもかかわらず 自分の内に、また反抗する人々に対しても平和を保つ事を意味する。(マルコ950) 更に、「塩で味付けられた快い言葉で語る」とは信徒の証は出会う状況にぴったりであるようにということを意味する。(コロサイ46

   
第二ヴァチカン公会議のずっと前に、司祭が「知恵の塩を受けなさい」と言いながら洗礼志願者の唇に塩をのせる習慣があった。 洗礼の塩は 神の子となった人が霊的な食べ物を探し求める必要性のシンボルである。 勿論、その儀式はまた「あなたたちは地の塩である」という(マタイ513)の福音の個所を思い起こさせるためであった。 この節は特に、イエスに従う人々の役割をよく表す。 即ち、信徒の生き方が神を紹介するべきものである。 丁度、料理のために使っている塩が各々の食べ物の特徴ある味にこくを与え、あるいは、ソースにパンチをきかせるように、信徒たちの言葉と行いは、自分ではなく神ご自身の働きかけを目立たせるものである。

   だから私たちが塩味を失わないように、同時にその塩味が強すぎないようにも気をつけよう。


                           聖書による灰の意味とは

     聖書はちりと灰に同じ意味を与える。 罪を犯したアダムは神の正義を表す次の言葉を聞いて、自分の空しさを悟る。 「ちりにすぎないお前は、ちりに帰る」と。(創世記319)罪人の心は灰に似ている。「彼の心は灰、その希望は土よりも空しく、その命は泥よりも卑しい」(知恵の書1510)神の怒りが罪びとの高慢を灰に変える(エゼキエル28,18)正しい人が「神に逆らう者を踏みつけ、彼らは足の下で灰になる。」(マラキ書321

     灰の白と黒い色は、(白)善や正義とも(黒)悪や死とも分からないうやむやの状態のメタファー、あるいは象徴とされることが多い。 灰は、燃やした物の残りものだから 不安定を表す。 確かに、灰は、人間性の取るに足りない状態、価値や値打ちのない全ての物事と、必ず過ぎ去り、消え去る物事の象徴である。 預言者イザヤは 無力な偶像を灰と比較する。(イザヤ4420) 聖書の人々は、喪、病気、災い、苦しみ、悲しみ、レイプ、近親相姦の際に自分の頭の上に灰をかぶせる習慣を持つ。 例えば、性的暴行をうけたタマルは「灰を頭にかぶり、まとっていた上着を引き裂き、手を頭に当てて嘆きの叫びをあげながら歩いて行った」(2サムエル記1319) 頭にかぶる灰とぼろぼろに引き裂かれた服は どれ程起こった出来事によって 人の心が 傷つけ、引き裂かれているかを 具体的に示す。 この惨めな姿は、特に、神と人々の憐れみをうながす目的をを持つ。

     ヨブとニニベの人々のように、灰の上に座ることは 償い、悔悛、回心、悔しさを表す。(ヨブ記18)(ヨナ書356) また度々、灰は謙遜の印となる。 例えばソドムとゴモラの人々を救いたいアブラハムは 神に次のように打ち明ける「御覧なさい、私はちりと灰にすぎないものだ。」(創世記1827) 神の助けと救いを願う哀れなヨブも同じ言葉を叫ぶ「私は泥の中に投げ込まれ、ちりと灰のようになった。」(ヨブ記3019

      しかし、灰は、肯定的な意味も持っている。 灰は単に生命の終わったものではなく、新しい生命を生み出すものとしての意味を持つことがある。 例えば 焼畑の農業は 灰に自然な肥料の役割を与える。 砂漠のべドゥイン族は 温かい灰の中でパンを焼き、日本人も焼き芋を焼く習慣を持つ。 更に、清めの水を作るために、イスラエル人は「まだ背にくびきを負ったことなく、無傷で、欠陥のない」、焼き尽くした赤毛の雌牛の灰を利用する。(民数記19章) 頭に振りかける(ヘブライ913)この灰は、体の清めを象徴する。 カトリック教会の四旬節は「灰の水曜日」から始まる。 回心の印となるこの灰は、前の年の枝の主日に祝別されたしゅろから取られたものである。 十字架の形で信徒の額に置かれた灰は 回心、罪の赦し、節制、施し、祈り、謙遜、償いなどへの招きの印となる。

      昔のカトリックの典礼によると 新しい教会の奉献式の時に 灰が使われている。 まず灰を使うのは、新しい祭壇を聖別するための清めの水を作るために。(祈りながら準備した水に塩とぶどう酒と灰を混ぜる)次に、教会の床に灰で作った大きな十字架の横と縦の棒に 司教が自分の杖の先を使って、ラテン語とギリシャ語のアルファベットを書く習慣があった。それは、消えうせる人間の歴史がアルファ(A)と十オメガ(Ω)始めと終わりであるキリストの内に置かれていることを表す。(黙示録18)また、この式は、キリストを信じる人々が イエスの十字架の神秘によって いつか、死の灰の状態から 新たな命へ、復活の状態へ移させることを表現する。

                          

                     灰の十字架の上に司教はアルファベットを書く


              お日身さん(おカミさん)から 聖母マリアへ

    日本では、昔から結婚をすると、男の人は、妻に対して、「カミ、カミさん、おカミさん」 と言う習慣を持っている。 古代の書き方によれば、「カミ」は「日身」と書くので、『日』は太陽を示し、『身』は人の体を表す。 「日、カ」は古い言葉では「カカ」とか「カアカア」とか「カッカッ」ともいったのである。ですから、「日身」とは、私たちの身体は「カカ」、「カアカア」、「カッカッ」の身体であると意味する。

    命の源の太陽のように、母は出産によって、自分の体で育てた赤ちゃんに日の光を当てる。また太陽のように、母は、いつも明るくて、あたたかくて、しかも朝、昼、晩、と一生懸命に家族のために目覚ましく活躍し、子供を育てる。 確かに母は、家庭の太陽であり、命の泉として、いつも、家族的、温かい雰囲気を生み出す。 「おとうさん」という言い方は『尊い』から生まれた。 父は家族のために 外へ出て働き、毎日毎日の生活の糧を運んでくれる。 父は、やはり「尊い人だ」と言えるから、自然に、「お尊さん、お父さん」と呼ばれるようになった。 しかし、最近の日本では 母親は「家族の太陽」であるか? 父親は、その「家族の太陽」を守り大切にする尊い人であるか?

    「満月のように美しい、太陽のように輝き、曙のように姿を現わすおとめは誰か?」 と雅歌の詩人ソロモン王は質問した。 これに対して、聖ヨハネの黙示録は (121) 聖母マリアを 『身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっている』一人の女として紹介する。 日本の文化の中にあった『日身』は マリアの神秘を理解するために ぴったりではないかと 私は思う。 汚れのないおとめマリアのからだと魂が 神の栄光に上げられた。 天の栄光で輝いている聖母マリアに向かって「お日身さん、カアカア、お日さん、」と言うのは とても相応しい呼びかけだ。 主イエスと私たちの「お母さん」であるマリアは いつも、熱烈に 私たちを守り、ご自分の栄光の光線によって 私たちの歩むべき道を照らす。 更に、輝いている太陽のように マリアは 私たちの心の冷たさや冷淡な態度を溶かし、愛の泉やもてなしの態度に変化する。

     聖母の被昇天の祝日にあたって、母マリアに親孝行しよう。そうして、その唯一の『お日身さん、おかみさん』が 私たちを真の『神』、真の『お尊さん、お父さん』のそばに導き、近寄らせてくださるように 切に願いたいと思う。 これからも、皆様が自分たちの日本の文化と伝統を通して キリストにおける信仰を深めることが出来ればと思う。それは、現代の言葉で「
inculturation,」言えば、その国の文化に合わせて、順応することである。


                  聖書によるモーセの杖の意味とは ?

    イスタンブールのトカピ宮殿にモ−セの杖が展示されている。 この杖が本当にモーセの杖かどうか分からないが 昔からこの杖には色々な伝統的な物語と関係があって、シンボル的な意味を持っている。 例えば、イェルシャルミのタルグムによれば、神が世を創造する前に、まずこの杖を作ったといわれる。 アダム、ノア、アブラハム、ヤコブの子ヨセフを通して この杖がエジプトの宮殿に結局、納められた。 しかし、ファラオのそばで働いていた、メディアンの祭司レウエル(ジェトロ)がそれを盗んで、遠くまで逃げたらしい。 しかし、逃亡したモーセは、後に結婚するレウエルの娘であるシポラのお陰で、レウエルの庭に植えられていたこの杖を見つけて、自分の物とした。 このタルグムの話によるとこの杖は木ではなく、一つのサファイアの石で造られたもので、非常に重かった(40キロ)と言われている。

    聖書の人々が ちょうど今の時代の人々と同じように 杖を使うのは 歩く時、旅をする時、危険な動物や強盗などを打ち、追い払うためであり、または仕事に役に立つ道具としてよく利用した。(出エジプト記12,1121,18-20)(民数紀22,2721,18)しかし、出エジプト記では モーセの杖に奇跡的な力が与えられ、まるでおとぎ話の魔法の杖のように この杖が不思議な事を行う。例えば、モーセの杖が蛇に変わり(出4,37,8)五回エジプト人に災いをもたらし(出7,198,18,129,2210,13) 海を開いて、その底に道を作る。(出14,16) 最後に大岩から水を出す。(出17,5-9)。 その後この杖は、後継者ヨシュアの遺産にならず、モーセの死体と共に行方不明になった。

    出エジプト記の物語では この杖は 神がモーセに授けた使命を示す。 つまり、奴隷の状態からモーセが神の民を救う使命を表す。 特に、モーセの杖は、神の限りない力と権威がモーセを通して イスラエルの民に与えられる救いと自由を現わしていた。 出エジプト記の影響で 羊飼いたちの杖、仕事の役に立つ杖、武器と歩みの支えであった杖は新しい意味を受け、支配と権威の印となる。 そのために2世紀の芸術家たちは度々 右の手にモーセの杖を持っているキリストの絵を描き始める。 それは、キリストが新しいモーセであることを表現するためである。

    確かに、神に遣わされたイエスは あらゆる時代の人々を罪の奴隷の状態から救い、死の支配から解放し、彼らに神の子の自由と資格を与える。 ナポリのサン・ジェンナロの(San Gennaro)のカタコンベにモーセの杖を持っているキリストの姿が描かれている。 しかし、時の流れの中で、人々はキリストが持っている杖の意味を失ってしまったので、ルネサンス時代の芸術家たちは 杖の先に十字架をつけ加えた。 このことでモーセの杖は行列の十字架に変化された。 この時から、右の手でこの種類の十字架を持って、墓から出て来る復活したキリストの姿を描く芸術家が多くなった。 モーセの杖と同様にこの十字架は神の救いの力、勿論、そして特に、罪と死に対するキリストの勝利を表現する。


             聖書のよる鷲の意味とは

    どこの国でも鷲は美しさ、光栄、力の象徴である。また、鷲が蛇を簡単に殺すから、人はが鷲をあらゆる種類の悪と敵に対する勝利のシンボルとした。古代ローマ帝国では、特に、鷲が勇気と勝利のシンボルとして軍隊の旗印となった。同様に、何世紀も過ぎてから、皇帝ナポレオンは自分の支配の印として鷲を選び、更に、自分の子供を「鷲の子」と名付けた。

    聖書では神がたびたび鷲に例えられている。「翼が巣を揺り動かし雛の上を飛びかけり、羽を広げて捕らえ翼に乗せて運ぶように、ただ主のみ、その民を導く」(申命記3211)「あなたたちは見た、私があなたたちを鷲の翼に乗せて私のもとに連れてきた事を」(出エジプト記19,4)

   鷲は毎年、若返る。 そうして鷲は自分の羽が新しくなるように、高く上り、損なうことなく太陽に近寄ってから、急に水に飛び込む。 その結果、鷲の羽が完全に新たにされると言うことを古代の人々も、聖書を読む人々も固く信じていた。 詩編と預言者たちがその考えを伝えている。「主は鷲のような若さを新たにしてくださる」(詩編1035)「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ4031)中世の信者は、神の言葉を聞き、心に納め、思い巡らす人が必ず、若返り、新たにされることを表現するために、翼を拡げて聖書を支える鷲の姿を取り入れて、教会の朗読台を作っていた。

    しかし、鷲が何でも奪うから 聖書の中にしばしば 不幸の象徴として使われることもある。聖書では度々イスラエルの民の敵が鷲に例えられる。「遠く地の果てから一つの国民を鷲が飛びかかるようにあなたたちに差し向けられる。その民は尊大で、老人を顧みず、幼い子を憐れまず、家畜の生むものや土地の実りを食い尽くし、ついにあなたたちは死に絶える。何一つ残らず、ついにあなたたちを滅ぼす。」(申命記 284951)この個所によると鷲は憐みのない、不条理な残酷さを持つものとして表現されている。

    また、キリスト教芸術では 福音史家ヨハネの伝統的なシンボルは鷲である。 ヨハネの教えが高いレベルまで人を運ぶからである。 神の知恵で満たされ、ヨハネは神の言葉であるキリストについての感想を一番高いレベルに上げ、人間になった御言葉の神秘の特別な証人となった。 しかし、鷲はキリストの全ての弟子たちのシンボルでもある。 というのは、鷲のように、私たちは正義の太陽であるキリストに近寄って、その輝く光を受けてから、洗礼の水に入り沈む。 そして生まれ変わる私たちは、信仰の恵みと共に神の心を探る知恵を受ける。御言葉によって新たにされ、聖霊によって強められ、キリスト者はあらゆる罪と悪の力に対する勝利を得る人となる。丁度、鷲が新しい力を得るために、天に上がり、害を受けずに、太陽をまっすぐ見つめるように キリスト者も自分の信仰を強めるために、恐れなく、上にあるものを探し求め、神を仰ぎ見て、光を受ける。そして光り輝く人になって、新たにされ、暗闇に迷う兄弟姉妹を照らす。

    動物学者によれば、 鷲がいくら飢えていても、必ず自分が奪ったえさを少し残して、他の鳥や動物に分かち合うことが知られている。 だから、鷲はキリスト者が示すべき寛大さや愛徳や助け合いの行為のシンボルである。
              

聖書による木の意味とは

  
 とても小さな種から生まれ、何年間もかかって強くて大きな木となるので、 その木の神秘性が昔から人々の興味をそそる。 聖書によるとエデンの園を創造するために、神の最初の仕事は沢山の木を植えることであった。(創世記2,9) 永遠の命と無限の知識の象徴である木が特に神の神秘性をよく表す。(創世記2,4) 神ご自身が木のそばで、また木の下で人と出会い、御自分を啓示し、また人に使命を与える。「森の木々よ、喜び歌え、主のみ前にあって。主は来られる。」(1歴代誌16,33;詩編6,12) アブラハムはマンブレの樫の木の下で(創世記18章)イサクの誕生の約束を受け、モーセは燃える柴の木の傍らで(出エジプト記3,2-5)使命を授けられ、デボラがなつめやしの木の下で(士師記4,-5)裁きを下す。 更に預言者ゼカリアはミルトスの林の中で(ゼカリア1,8-11)特別な幻を見た。 このように木と神の啓示が親密に結ばれている。

   様々の実を結ぶことで木は人間に食べ物を与え、その葉は薬となり、木のすべてが日常生活の役に立つ道具となる。 例えば、テーブル、椅子、スプーン、器、橋、船、棺など。 更に、燃料として使われる時、木は熱の源となる。 木の陰が太陽の暑さから人々を守り、雨が降る時にその枝は鳥や動物や人間の隠れ場また避難所となる。 木の形が不思議に人間の姿を表わす。 確かに、木の根が人の足、その幹が人の体、その枝は人の腕、木のてっぺんは人の頭を表す。「神の家に植えられた人は栄える。 年を経てもなお実を結び、いつも生き生きと生い茂る。」(詩編92,14-15)

   そういうわけで イスラエルの民は度々木々と比較される。 それは、ぶどうの木、オリブの木、いちじくの木 などで(エレミヤ2,21)例えば、レバノンの杉は偉大さを示し(雅歌5,15)樫の木は力と強さ(アモス2,9)オリ−ブの木は長寿の象徴である。(詩編52,10) また木の切り株と芽生えは人の系図を思い起こさせ、(イサヤ11,1;ルカ1,42)木の葉と花は豊かさと安全さと広さを暗示させる。(オセア14, 6

   神に逆らう人々の「皮膚は骨に張り付き、涸れた木のようになった」(哀歌4,8)また彼らの人生は「朽ち木のように失せる」(ヨブ記13,28)。 洗礼者ヨハネは人々を回心させるために木の象徴をよく使った。「悔い改めにふさわしい実を結び...斧は既に木の根元に置かれている。 良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」(マタイ3, 8-10)

   魅力的に綺麗に飾ってあるクリスマスのモミの木は 聖書が述べている木の象徴をすべて見せている。 信仰の実を実らせながら人は神の栄光を自分の身に帯びて生きるか?  又はクリスマスが終わると共に、役に立たないモミの木が捨てられ、枯れてしまうのと同様に、神から段々離れて、知らず知らずのうちに回心の実を結ばないで死ぬか?どうなるかは自分の選びにかかっている。 永遠の命の木であり、ぶどうの幹である神から離れると人は何も出来ず、(ヨハネ15,5)罪は必ずその人の命を奪う(創世記3章)。

   むしろ生き生きとした信仰は山を動かし、木を引き抜いて海に植えることが出来る。(ルカ17,6) 大きな木の根を引き抜く事は簡単ではないが、何故海の中に移し植えようとするのだろうか? 古代の人々にとって、海は死の場所だった。 海の中に木を植えるとは、死から生命を生じさせる事である。 イエスはこのように、ご自分の受難と死と復活によって成就する使命を告げる。 イエスは希望と結びつく信仰は、死の力に、特に最高の悪である死自身に打ち勝つ事ができると教える。 信仰と希望は生命の力である。



私の霊の 沈黙のうちに
父なる神のことばを ききます
御父は 愛をこめて
私を父の子にしようと
ささやかれます

私の心の静寂のうちに
聖霊のことばを ききます
聖霊は 私のうちに
御父への賛美を つぶやきます

私の魂の 秘密のうちに
イエスのことばを ききます
イエスは わたしに
神の国の到来を 告げます

聖なる神殿の 静けさのうちに
天使たちのコーラスを ききます
あらゆる時代の
聖人聖女と一つになって
永遠の栄光の賛美を歌います

へりくだって みすぼらしく
信仰が弱くても
 愛が欠けていても
思い切って彼らの声に合わせて
 うたいます
内面の沈黙を ささげて。



(神の栄光を歌う真珠の首飾り
 グイノ神父作)より
 

私の目が見 読んだあなたの言葉
ほら それは私の心に
刻み込まれている

私にしみ込んで 感覚のすべてを
生き生きとさせ
私の知性を 
そのまったき光で照らす

私の心に ゆっくりと下ってきた
あなたの言葉
それは 唇の端にまで
 ゆたかにのぼってくる

宣言する言葉は 私の口にあふれ
ずっと残る美しい実を 
神のために結ぶ

あなたの火の言葉は
 生きる水として
私のうちにある
創造主聖霊は音を立てずに
 その上を漂っている

聖霊は あなたの生命を、
肉とされた
御言葉であるあなたを
 私に下さった
あなたの神性に
 私の肉が結ばれるために


(神の栄光を歌う真珠の首飾り
 グイノ神父作)より



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