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「 はなれていても 」
            発行 2005.02.13

A5/オフ/P42/--g/\400

ユキユミの祐巳視点・小説。きょうだいについての一考察や祐巳の心情やら。
しんみり淡い内容で終わってればいいなと思いつつ(というか祐麒片想いの)本編の流れに沿って書いてます。ただオリジ娘もいるので注意。


再販の予定はありません。これもあるだけ。持込イベントは夏コミくらいで、あとは通販オンリー。
イベントで置いて下さる方、募集中。(お、お礼は本とかなんですが…!どどどうでしょう。一回きりでも可)

ご希望があれば夏インテでもってゆくことはできますが、要連絡。




















鏡だって近づきすぎたら何も見えない。
酷似がけして同一ではないように。

重ならない。
繋がらない。
それは永遠の直線。






「なに?」
平日の福沢家。
夕食も終えてしばしの休息のあと、お風呂の準備に取り掛かっていた祐巳がきょとんと首を傾げ、思わずその手を止めたのは、またノックもなしに急に室内へと入り込んでいた祐麒の無造作に差し出した一枚の紙片があまりにも唐突で何の前置きもないものであったからだった。
これ、と祐巳へと向けられる紙片はまじまじと見れば、ごく普通の、クリームの柔らかい色をした何の変哲もない封筒。
手紙? と目を瞬かせて、けれど表には何も書かれていないそれをもう一度凝視し、祐巳は弟へと視線をあげる。
「私に?」
「そう」
短い返答は実にそっけないもので、表情もあまりよろしくない。
仏頂面、とまではいかないまでも、ぎこちない硬さで何かとても言いたげだ。――となればその原因はおそらくこの封筒――ということで、差し出されたそれをおそるおそる祐巳は手に取る。が、
「……開いてる…」
「だって俺が開けたから」
悪びれることなく言う理由はひどく明解なものだった。
「名前書いてなかったけど、俺のロッカーに入ってたし」
ああ、それなら納得、と首を縦に振りかけて、
「…………祐麒のロッカー?」
「うん。俺のロッカー」






「答えなくていいけど」
そんな前置きを穏やかに零して。
「この子、あなたの妹にでもするの?」
からかうような鹿取先生の急な言葉が祐巳の耳に届いた。
ハタと立ち止まる。
妹?
……誰の――って、私のか。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…」
「答えなくていいって言ったのに。紅薔薇のつぼみは相変わらず素直で正直者ね」
くすくすと笑って鹿取先生は手にした名簿をパタンと閉じる。
「本当に、あなたの妹になる子はきっと倖せで、大変でしょうね」
二年菊組の担任は、そう言って、どこにかかるかわからぬ「大変」の二文字を立ち止まったままの祐巳へと投げかける。
それから、
「――だから、どんな子があなたの妹になるか、実はちょっと楽しみにしているのよ」
確かにリリアンのOGだな、と思える朗らかで優しい先輩の笑顔を戸惑う祐巳へと浮かべてくれたのだった。






「祐巳、日曜日、暇?」
逆に問いかけられ、え、と瞳を瞬かせた。
「……特に、予定はないけど。何? 何かあるの?」
「というか…空いてないと、ちょっと困るんだ」
なんとも歯切れの悪い祐麒に、それで? と祐巳は訝しがりながらも大人しく先を促した。その時はまだ、なにかお願いごとでもあるのかな、とそのくらいの軽い気持ちだった。
そんなのは姉弟お互いさまで、さほど気にすることも、構えることもなく。――言って。
「会ってほしい人がいるんだけど」
「え、誰、小林くん?」
「…なんでそこに小林が出てくるんだよ」
祐巳の適当な予想に、呆れたふうに溜め息をつかれた。
「だって小林くん、最近よくうちに来るじゃない。だから――って、それは別にいいとして、それで、実際のところ誰に会ってほしいわけ?」
わざわざ「私に」会ってほしいだなんて。
個人指名を受けるほど、他、祐麒の知り合いと何か話すようなことなどあっただろうか。……考えて、やはり思いつかなくて首を捻る。
そしてその会話の重要性にようやく気が付いたのは、まさに遅ればせながら、すべての糸口であるその名を告げられた次の瞬間だった。






オレンジ色の陽光が、観覧車の中を一際まぶしく照らし出す。
そして。



「遅くなって、ごめんね」






祐巳はふと、当たり前のように隣を歩く祐麒を見つめた。少し背がまた伸びただろうか。この間まで同じ目線で、同じ背丈で、同じように成長してきたのに。
そうやって、刻がいずれ自分と弟の道を分かつだろう。
自然と、一緒にはいられない日々が自分たちにも訪れるのだ。
(いつか――か…)
それは遠くない日の果てに、必ず。
そう思うと、胸の奥が小さく痛んだ。けれど、
「…なに?」
祐巳の盗み見る視線に気付き、祐麒が振り返った。











季節は一年、人のそばにあって、
あっけなく追い越していく。


多くのものを置き去り流れゆく。
だから――思う。
 


一日の終わりを物悲しく思えるのは、きっとひどく倖せなことなのだと。



(「 はなれていても 」一部抜粋)