--------------「 ひそやかな春の日の談話の果てに 」 | |
「……巻き戻すって死んだ人も生き返ったりするんさ?」 およそ会話の温度とは不釣合いな、穏やかな風の舞う春の日のことだった。 調べものがあるからといって書庫に篭もろうとしたミランダに何故かくっついてきて、同じく用があるのかと思えばそうでもなさそうにしばらく手持ち無沙汰げに書庫内を歩き回って、いなくなったと思えば探検めいたことをしてきたと子供のように笑い、戻ってきたあと、突然、ラビがそう言ったのは。 前後の会話がまるでなかったからそのあまりの唐突さに驚いて、問いかけられた当事者であるミランダはひどく困惑した。問いかけの明確な意図がわからない。 迷って、悩んで、 「どうして…?」 それだけを短く言った。逆に問い返した。瞳に映るのは笑顔。その無邪気な笑みは、失言だったと思いミランダが後悔した次の瞬間であってさえも崩れることはなかった。――だから、それはやはり失言だったのだとミランダは気づいた。かなしそうに笑っている。楽しそうに笑うのと同じくらいに、ただ、かなしそうに。 (その笑顔の奥で) 春の穏やかさと対照的な。 似て非なる笑顔を彼は静かに浮かべる。 (…どうしてそんなこと) 困惑に困惑を重ねて、結局、ミランダはラビが応えるよりも先に更に言葉を重ねた。先程よりもずっと意思をもって、 「生き返って、ほしいひとが…いるの?」 そう、おそるおそる問いかけ直した。漠然とした予想にラビの笑顔が、ふと、霞んだような気がして、ミランダは呟いた己れの言葉に微かな嫌悪を覚え、眉を顰めた。重い。これは重い言葉だ。安易に口に出すべきではなかった。そんな鋭い後悔が咽喉の奥を引き攣らせる。だがもう遅い。 「ん? いーや? オレっちのことじゃなくてアレンのことさ」 三度、ラビが笑って答えた。何事もなさそうに。 けれどそれは。 その笑顔は。 (嘘、でしょう?) どうして。 何故。 こうも、自分は。 彼の笑顔のかなしさをわかってしまうのか。けして同じではないのに……と、ミランダは手にする書物のページから手を離し、斜め右の席に座るラビを改めてきちんと見返した。あぁ、やはり笑顔はかなしそうで空しそうで、掴みようもなくて。 「彼の、…誰を?」 「養父さん」 答えは明確。まるで用意していたかのように。 それはとても残酷な言葉だった。言われ、白い髪の少年を眼裏に思い浮かべる。 「もし、仮に……そうできたとしても、彼はそれを喜ぶのかしら…?」 「どうだろうね。……永劫じゃないから失望するかも」 ならばそれは二度目の喪失に、今一度、耐えろと言っているようなものだ。 なくしたものを、またなくす。 悲しみがただ二乗されるだけの行為。……それが、私のイノセンスの一端だと何度目かの事実をまたも思い知らされる。 覚悟などもうとうにしているというのに。 真っ直ぐ見つめ返してくる眼差しを避けるように瞳を伏せ、指先に触れる紙片をそっと撫でた。あたたかくも冷たくもない。無熱に押し込められた簡素な文字の羅列は、けれどわからないことを自分に教えてくれて、今は無理でもいつか役に立つことを教えてくれる。そこには人の言葉と同じように貴重な時間が内在されている。 「……そんなの、さみしいだけだわ」 死んだひとが生き返るなんて。 「だろうね」 「ならどうして」 「でも会えるなら、」 もう一度、会えるなら。 会う、術があるのなら? 「――……会いたいんじゃ、ないかと思ってさ」 嘘に包み込まれた言葉が鼓膜に響く。 鼓動に響く。 だからそこにある後悔や傷や悲哀に嘘はなく。――ないとわかってしまったから。 「……生き返って、ほしいひとが 『 いた 』 のね」 「………………」 沈黙は肯定でもあり、肯定を厭っているようでもあって、それ以上の追究をミランダはやめた。ただ色々なことが、氷が溶けるようにして理解できた。唐突さは確かな意図があってのこと。確かに、――こんなことは、 「……さあ? どうかな?」 穏やかな風の舞う春の日でもなければ笑って話せない。 嘘かもしれないから信用しないほうがいいかもね、と、嘯きながら少年は笑う。 そんなラビにミランダもまた静かな微笑みを浮かべてみせ、やがて微笑を浮かべるのと同じくらいの穏やかさで読みかけの書物へと再びその視線を落とした。 (むなしさもさみしさも、今はまだそこに押し込んだままで) (笑って)(笑って) (笑えなかった日を想い出す) 「ラビくんは、本当に嘘つきね」 それは穏やかな風の舞う春の日の話。 fin. |
05/04/02 |
ラビミラ。ややシリアスめいた、取り留めのない話。そして過去捏造。 説明も余談も意味もなく、嘘かもしれない、ただそれだけの話。(書き方をサイトノベルらしくしてみましたがどうにも雰囲気創作…/あとついでに一日遅れのエイプリルフールにちなんで) イメージは密談してる二人。ラブいのもいいんですが、時折、ラビが大人びていて、それを見てミランダさんが何か言いたげに見守っているのも硝子の少年への思いやりが見え隠れしていいなあ、と。(思いませんか思いませんか思いましょうよ!)こういうだらだらした話は難しいことなにも考えてなくていいのでわりとさくさく書けます。ただ気分が乗らないと無理はいつも通り無理なんですけど。今日は思い立って打ってみましたラビミラ。妹絵師の豆ちゃんとラビミラ好きなひとに捧げます。アイラブミランダー!(世界の中心でラビが叫ぶんです) |