--------------「カタコト」


「お前、そればっかな」
口に出すつもりはなかった言葉が咽喉をするりと押し通る。空気のように自然と滑り出た言の葉に、いやその内容に、言った直後、彼は内心首を傾げていた。けれど目立った感情を面に出さないのは、いつものことで、そうやって内々に処理された彼の疑問符に目の前の少女もまた気づくことはない。
「それ…って?」
首を傾げなかった彼の、その代わりのように少女は、いや彼女は大きな瞳を瞬かせて軽く首を傾けた。軽く、その前髪が揺れる。
あどけない少女のような顔して。
けれどその中身は、鮮烈で時に激しいばかりの感情を秘めていて。
彼女はきょとんと彼を見る。
彼はそんな彼女を見返す。
その膝においてある縫い物は一体誰のものだろうかとか、そんな実に詮無いことを考えながら、


「藍染」

それ、と言って指した言葉を紡ぐ。


「え? 藍染、隊長?」
きょとん。と、またも彼女は彼を純粋な眼差しで見返す。あどけない瞳が光の波を伝える。眩しいような気がする、と彼はふとそんなことを思ってフイと目を逸らす。
あんまりこっち見るな、とか。
むしろわからないなら、訊き返すな、とか。
胸のなかで、声にはならないそんな悪態ともいえるような他愛ない文句が――或いは愚痴というべきものが――仏頂面で黙り込む彼に満ちていく。
だがやはり彼女は気づかない。
いつもの無愛想な面に騙されて、「それなんて、酷いよ」と苦笑いを浮かべて抗議の一つもしてみせる。してみせながら、膝に置いた縫い物をやさしく手に取り最後の仕上げとばかりに繋がったままの糸を噛み切る。


ぷつん。


「これ、で…よしっと。これね、藍染隊長のなの。ね、日番谷くん、きれいに繕えたでしょ?」
嬉しそうに笑うのは、苦笑いを消したあと。
また「それ」を彼女は口にする。
自覚なんてしていないのだろうな、と彼は、
「縫い目が甘い。30点」
「さ、さんじゅっ…?! ひ、日番谷くん」
ひどい、がんばったのに。
と、惜しみない努力を軽く一蹴されてショックを隠しきれない彼女に、けれども躊躇いなくそう宣言するのはおそらくこの身に隠した文句が零れ出して言わせているのだ。このくらいなら他愛ないものだと。そうして三度、彼は仮面を被る。
「藍染隊長…なんて言うかなぁ」
がっくりと肩を落とす彼女はもはやそれすらも気づかす。
ただ手元の縫い物をしょげながら眺め見る。
それゆえに。
「お前、ほんと……そればっかな」



しみじみと。
独り言のように呟く彼の、ほんの僅かにのぞいた脱力まじりの悔しさを彼女は知らないまま。



「もうっ、日番谷くんが意地悪言うからだよ…!」
「ていうか、ソレそもそも俺の所為じゃねえだろ。」


30点と酷評された縫い物は、おそらくそれでも元の持ち主へと早々に返されるのだ。
彼の悔しさをのせた、彼女のとびきりの笑顔とともに。






fin.




BLEACHにて、日→桃+(藍染)
日番谷くんのちょっと無自覚ジェラシー。ふつふつ、まだ小さい。
とりあえずそれでもついつい口にせずにはいられない、
日番谷くんの渾身のツッコミ。ごつごつ容赦なくいつも言ってそうです。


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