--------------「香る花の行く先を想い」


寝床から見える卓の上にはいつでも花が咲いている。
誰の趣味とは指摘するまでもない。まるでそれに水をやるのがここに来る役目だと言わんばかりに、夕刻決まった時間にやってきては彼女は嬉しそうに花瓶の水を入れ替える。大体四日。よくもって五日。生き生きと溢れ出さんばかりだった生命力が、その期日に近づくにつれて徐々に萎れていく様子を見るのは、実際物悲しいばかりであまり好ましい光景ではなかった。
それでも彼女は花を飾ることを止めないし、彼女が止めないのであれば、自分にそれを止める術はない。
というより、止めようとすら思わない。
何故なら彼女は確信犯で、そんな彼女が良いと思っている自分がそこにいるからだ。
嫌がるとわかっていて、それを踏まえた上で、花を生ける。そして枯れてしまった花はもう次の日には違うものへと変わっていて、寝床からそれを目にして自分の朝ははじまる。
毎日そんな繰り返しを続けていれば、さすがに目ざとくもなるというものだろう。
あるとき、もうすでに七日は経とうかというのに一向に枯れぬ様子をみせる花があった。
不思議に思って植物好きな彼女に訊いてみたところ、答えは至極あっさりと、笑って発せられた。
「え、花? 違うわ、これはただの葉よ」
「………は?」
「……。それは冗談なのかしら。それとも本気で言っているのかしら?」
「イ、イヤイヤ、なあサナ。花瓶持ってオレの目の前に立つのは止めてくれないか。しかも仁王立ちで」
「どうして? 何か不都合なことでも?」
いやそうではなくて、と多少引きつった笑みで以て応えると、やがてくすくすと笑いだした彼女の澄んだ笑みにようやくほっと安堵の溜め息をつくことができた。まったくもって心臓に悪い。彼女の言動はどれ一つとっても、いつもこんな感じだ。
「まあ、冗談はこのあたりにしておくわ」
「……冗談だったのか。サナ」
それにしてはちっとも笑えなかったのは気のせいだろうか。
じっと見据えてくる彼女の瞳の奥は更に笑えない。どうやら彼女は笑えない冗談が好きらしい。ごめんなさいと素直に頭を垂れてみる。すると鈴の音のような笑い声が今度は自分のなかへと染み渡ってきた。
綺麗な、それでいてとても凛とした声だ。
「それで――」
微かな笑い声が後を引くなか、言って、彼女は問題の花瓶の花を自分の前へと掲げてみせた。濃緑の、チシャクラウン独特の衣服を身に纏う彼女の笑みの横で、生けてすでに七日目を過ぎようとしている「花」は未だ尚、瑞々しい成長をみせている。
花弁の色は鮮やかな赤。
彼女と赤は似合わなくもないが、やはり自分は緑の似合う彼女が一番好きだ。だから花弁よりもずっと葉っぱの方が彼女には似合っていると思った。
だが。
「これが葉っぱだってことは、冗談ではないわよ?」
赤い花びらをつける植物を前にして彼女はまたしてもにこやかに笑ってみせる。花と思っていたものを葉だと言って浮かべる、その純粋な笑顔はひどく嬉しそうでもあった。
「……葉っぱ?」
「ええ。――ほら」
前屈みになった彼女の長い髪がするりとその耳許を滑っていく。艶やかな、けれどほんの少し陽に焼けた彼女の髪はどこか懐かしい匂いがする。その一方で、ふわりと鼻先を掠めてゆく香りがまるで遠い場所から漂ってきたもののようにも感じられた。
こんなにも彼女は近く、すぐそばにいるというのに。
胸を敷き詰めてゆくのは仄かな寂寥感。

「……サナ」
「え?」

名前を呼ぶという行為はひどく簡単だ。
声さえ出せばすぐにできる。
それでも、こんなに近くに感じられる彼女を遠く思う。それが淋しいわけでも、ましてや自らの境遇に重ね合わせ、悲しいと思うことはないが、
「……枯れてしまうのは、悲しくないか?」
葉でも、花びらでも。
大地から切り離された植物はやがていつかは朽ちて、消えていく。だからなのか。
だから、そのいつか訪れる終焉をやるせなく思い、この胸に淡い寂寥を抱かせるのだろうか。
「その花に似た葉を持つ植物も、いつかは…朽ちてゆくだろう?」
その事実を残酷と思いつつも躊躇うことなく口にする。
「そうね」
彼女はゆっくりと頷き、
「それは貴方の言う通り、そう遠くない日に訪れるでしょうね」
「……それでも?」
「ええ。それでも私は、悲しいからといって花を生けることを止めたりはしないわ」
彼女の凛とした声は揺るぎない意思を宿していた。
予想通りの返答、それは心にあった寂しさを僅かに揺り動かした。……そして望む答えを実にあっさりと吐き出してくれる彼女にも。
いとも容易く彼女は言う。そこにある迷いに、悩むのが馬鹿らしく思うほどに。
「大体、それが嫌なら最初から花なんて生ける筈がないでしょう?」
きっぱりと再度言い切った彼女は。
なにか憮然としたような、怒っているような表情をして眉間へと微かに皺を作り、目をつりあげてみせた。
それは予想通りの返答と、見事にマッチした実に雄雄しい態度で。(そんなことを言ったら今度こそ容赦なく花瓶の底で心ゆくまで殴られることだろう)
「うん。サナらしいなあ、それ」
くつ、と咽喉の奥が鳴った。先刻まであった空虚さが嘘のように、楽しさに変わってゆく。
その笑いが気に障ったのか、彼女はもう少しばかり高く目をつりあげたあと、そっぽを向くようにして手元の花瓶へと視線を落とした。赤い葉っぱは、教えられた今でもまるでたった今咲き誇った小さな花のように思えた。大輪とは言えぬ、それはとても小さな、蕾のような儚い咲き方だったけれど。
――やがて耳に届いた声はいっそ潔いまでの実に彼女らしい言葉だった。


「花を生けるのはね。私がそれを見つけたから。綺麗だと思ったから。そして貴方に見せたいと思ったから。だから私は生けるの。――だから、悲しいとか、寂しいとか、それはそういう心の前には二の次のことなんだわ。なんだか悔しいけれど、きっとね、そうなんだわ」


そう、言い切ったあと、

「だから見てちょうだいね。でないと可哀相だから、この花も、私も」

見上げると彼女は花瓶に挿した植物へと静かな微笑みを注いでいた。それはまるで惜しみない愛情を示すかのごとく。
くるりと反転した機嫌の波の合間で晴れやかに笑う彼女は、まさに太陽の恩恵をその身に受けて揺れる、この地の広い草原のように美しく見えた。ふいに零れそうなほどの感情が心に募る。
同じように、くるりと反転する自身の心。
そうやって自分の心を満たすのはいつだって彼女のなにか。
それさえ理解し、知っていれば。
悲しさであろうと寂しさであろうと、なにひとつ、
「何にだって、意味はあると思うけど……その意味は人それぞれだわ。花一つとっても、見解の違いなんてそれこそ山ほどあるでしょうし。誰もがみな一緒だなんてありえない話だわ。私は、この花を貴方に見てもらいたいと思った。私にとってのこの花の価値を、私は、そうして決めたのよ。だから、見て。そして少しでも綺麗だと思ってくれたらとても嬉しいわ」
「サナが?」
「言ったでしょ? この花と、私がよ」
そう言ってこともなげに彼女は破顔した。
ああ、なんだ。……そうか。
たとえばこの花が。
いつか枯れたとしても、その時も、彼女はこうやって何かしらの価値をそこに見出していくのだ。今までもそうであったように。愁いや痛み、苦渋すらもいつしか乗り越えて。
生きて。
……それは自分にはけして掴めない未来の果てで成されてゆくこと。
(ああ、なんだ)
やっと、胸に去来した寂寥の正体を理解した。
それは寂しさや悲しさではなかった。
それはそんな深いものではなく、ただの、言ってしまえば笑ってしまうほどの単純明解な心残りであった。
闇のなか、光を探し乞い求めるように。
消えてしまえば触れることはもう叶わない。
弧を描いて空を流れるその髪も。
俯いて、ときに寂しそうにみえるその背中も。
怒ったときに紡ぐ、その言葉も。
声も。
唇も。
熱も。
心も。
何もかも、そのすべてが、言ってしまえば心残りだ。
彼女は生きて、これからも生きてゆく。
そして自分は……この、枯れてゆく植物と同じで。
だから見ていると胸が疼いた。
枯れてゆくさまを痛ましく思い、その光景に未来の自分の姿を重ね合わせて。
刻々と、迫り来る未来の影に心残りを覚えた。
しかし。
「サナ」
「…なに?」
君ならばこんなぐずぐずと情けないココロでさえもいつか、その花のように、価値のあるものと笑って言ってくれるだろうか。
そうやって、
「今まで枯れていった花も、サナにとっては価値のあるものか?」
確かめずにはいられない、この、不安を吹き飛ばすように。
「勿論です。この花も、ねえ、花はないけれどとても綺麗でしょう? あなたの目にはどう映ってる?」
「ああ。そうだな………綺麗だ」
なら、大丈夫です。
凛と背を伸ばして言う彼女もまた、それはとても綺麗で。
「……やっぱり、心残りだなあ」
「? なにが?」
「イヤ、何でも。なあ、サナ」
「何ですか?」
不穏な空気を感じ取ったかのように、サナの口調が瞬時にして切り替わった。いやに丁寧な返しに苦笑する。そうして笑ってみせれば、ますます嫌そうな顔をして眉間に皺を寄せてゆく彼女がいて。
「次も、よろしく」
「………。次?」
怪訝な顔をしてみせるサナの隙をついて、頬に掠めとるような口づけを落とす。ふっと鼻腔をくすぐったものを見れば、花のない花。
それは、気のせいかもしれないが、
「愛してるよ、サナ」





甘い、花の香りがした。


fin.




大好きゲーム幻想水滸伝3の英雄サナ、死別前。(03/08/10)に書いたもの。

終わりがあるから美しいものは、終わってからでも
きっと美しくアトを彩るんではないかな、とか、そんなことを思いながら。

過去も現在も、昨日も今日もあって、未来はない。
それでも未来は一緒に紡いでいけるんではないかな、とか、そんなことを思いながら。

強い想いはそれだけで尊いものだと思います。
英雄さんとサナさんのふたりがわたし的にちょうどそんな感じでした。


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