--------------「血まみれピエロのそのあとで」


「は? 帰って…ない?」
『そうだ、お前、一体どこで放り出した? パレード中にはぐれたとか言う腑抜けた弁解は俺は一切聞かんぞ』
いい加減一人きりで待ちくたびれていたのか、ノイズまじりのいつもの兵長の唸り声にはどこか張りがない。一方では拗ねているようにも聞こえてしまって、部屋の戸口でたった今捉えたばかりの情報をもう一度脳へと流しかけていたハーヴェイは、らしくもなく小さく混乱をしていた。そうして、ちょっと待ってくれ、とキーリと別れた際に言い放ったであろう自らの発言を思い出すため、ハーヴェイは額に手を当てて考え込んだ。……たしか俺、言ったよな。朝には戻るから先に帰っててって。たしかに言った。その筈だ。
だがその言は実際には何の効力もなさなかったらしい。
思いの他早く部屋に戻ってみれば先に帰ったであろう少女の姿が見えない。兵長に訊いてみたら、前述どおりのだらだらと、おそらく一人で待っている合間に考えていたのであろう苦情、文句等を止まることなく言い連ねてきたのだ。ったく、年寄りはこれだからと露骨に顔をしかめるハーヴェイの迷惑そうな表情などお構いなしにラジオからの悪態はやはり延々と続いていく。
『大体だな、普段からお前はいい加減すぎるんだ』
「どこがだよ。兵長のほうがいい加減だろ」
『ほう、言いおったな。そのいい加減が高じて駅で悲鳴あげられたのはどこのどいつだ。死体が動いた、か。そりゃあいい。どこぞの不死人が面倒くさがって宿代わりにベンチで一寝入りしたおかげでどれだけ』
「…待った。わかったよ兵長」
『だから何がだ』
一旦途切れた悪態の代わりに、何故かその声が奇妙に笑っているように思えてハーヴェイはますます顔をしかめて眉間に皺を寄せる。なんというか思惑にきっちりハマってしまったような気がする。そして多分それは間違ってはいないのだ。面倒なことに。
「…迎えに行ってくる」
ぶっきらぼうに言い放つと笑い声を追うようにしてラジオのノイズがざあざあと鼓膜を揺らした。
『大体一緒にいないからだ。帰りはちゃんと二人で帰ってくるんだぞ』
「わーかったよ…っ」
そんなこといちいち指摘しなくてもわかっている。うちのお姫さんは手のかかる問題児で、お目付け役もノイズだらけで文句が多い年寄りだってこと。
面倒なことだ、といつもの癖で煙草を口にくわえようとしてハーヴェイは次の瞬間には苦い表情をして忘れていたことをまた一つ思い出す。ああ、そうだ。煙草、切れてたんだっけな。
(キーリ見つけたら、それもまた補充しなきゃな…ったく)
シマンとともに吸った煙草の味はもう残っていない。乾いた口唇に物足りなさを感じつつ、ハーヴェイは部屋のノブに手をかけた。
『気をつけてな、ハーヴィー』
「ハーヴェイ」
いつもの慣れたやりとりのあと、再びその口を開いたのは誰もいない空き地で一人、『何か』に向かって小さな拍手を送っている少女を見つけてからのことで。
そして、



血まみれピエロを背に、
ふたりで帰ったのは更にそのあとのこと。




fin.



電撃文庫「キーリ」シリーズ(著・壁井ユカコ)にて、ハーヴェイ+兵長。
一巻読了後の一発書き。なので変なところあったらご容赦をば。

でもこれをハーキリをいいきる自分に乾杯。(完敗)


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