あんな男、好きじゃない。
そう言い続けて
もう、

どのくらい




--------------「 比例しない現実と気持ちの在り方 」




世の中は生きてる人間と死んだ人間の影で出来ているのだと気づいたのは、奇しくも、私がその両方の世界に足を踏み入れてからのことだった。というより踏み入れなければ気づかなかったのだろうけど。
大部分の人間はそんな私を哀れみ同情してくれた。
でも、そんなことが何になるのというだろう。
同情は同情だ。何も変わらない。
死んだ人間が生き返るわけでも、「あの時」に時間が巻き戻るわけでも、――この、生と死の世界から逃れられるわけでもない。だってトールは死んで、私は生きてるんだから。
そこにはその事実があるだけだ。
どうにもならない。
どうにもできない。
だから私はずっとこのまま、同世代の人間より少し早く足を踏み入れることになったこの世界で、眼に映る世界を俯瞰し続けるのだろう。
生きてる人間と、
死んだ人間の影の揺らめきを。



(ただそれだけの事実を)



***



「明日、行くことになった」
微かな笑みを口の端に、その男は言った。その男はコーディネーターでザフトの人間で………あぁ、元ってつけたほうがいいのかしら。
元ザフトの人間であるのに、地球に残った奇特な男。
名前はディアッカ・エルスマン。
まあ呼んだりなんかしないけど。
あんた、とか、ちょっと、とか、あのね、とか。
どれもこれも険のこもった呼び方で、それをしている自分に自覚はあるし、この男もそれが自身への呼びかけだと充分知っていて、そして怒りもせずそれを受け止めてる。私がどんなに邪険にしているか知っていて、受け止める……変な男だ。
その男が言う。
明日、行くことになったと。
正しくはこの艦を降りて、帰るのだ。
この地球から見える宇宙のプラント。彼の故郷へと。

「ふーん。そう」
「ってそれだけかよ!」
「……それ以外に何を言えっていうのよ?」

ねめつけて言うとディアッカは頬を引き攣らせて、笑いたいけど笑えない、とでも云うような、そんなひどく間抜けな表情をした。睨みつけながら私は私で自分の表情がそれ以上動かないことに終始する。
ディアッカが帰るということ。
この艦からいなくなるということ。
彼が私に何を望み、言ってほしいのか。
わからないわけではない。そのくらいの「時間」は確かにあった。
だけど、

「せめて少しは寂しくなるとか、気をつけてとか…」
「どうして私が」
「――――」

笑いながらそんなことを言うひとの身を、どうして私が案じなければならないのだろう。
私はそこまでおめでたく出来ていないし、そこまで寛容になったつもりもない。
元ザフトの人間。
彼を見るとき、いつもその言葉が耐えがたい喪失の記憶とともに私の脳裏を巡るのだから。





まだ慣れない。(その不在を)



忘れられない。(その重みを)



忘れるつもりもない。(…この痛みを)




幸福だったころの記憶に微笑みを返せるほどまだ何も終わっていない。私の中ではまだ何も。だからこそ私に持つべき言葉はない。何かを動かすような、そんな言葉は。
「…お前さあ」
「お前?」
「あ、いや、………なら他になんて呼べばいいんだよ。お前、名前で呼ぶとさらに眉間に皺寄せ……っつ!」
ぐーで鳩尾に拳を入れてやった。
身体をくの字に折って、ディアッカは呻き声を洩らす。
「……がは……なっ……は…ッ…」
呻き声を洩らす。
「……はっ……、……は…、………、………」

やっと止まった。

「………………」
「………………」

「大袈裟ね」
「っってオイっ!!」

思いきり入れておいてそうくるか!? ――なんて、喚く姿を一瞥して私は不承不承、

「悪かったわ、止めようなんて気はさらさらなかったけど、思わず手が出ちゃって」

言って、細めた瞳を通常のものへと引き戻す。ディアッカは何も言わない。何も言わず、やはり頬を引き攣らせて私のことを眺めているだけだった。変な男。怒りたいなら怒ればいいのに。……変に、彼は私に対して気を遣う。その理由を私はちゃんと知っている。
だから余計と気に入らない。気を遣う精神があるのなら、それこそそれくらい気づいて何とかできそうなものだと思う。
やはり変な男だ、と結論につぐ結論を弾き出したところで、
「お前でいいわ。間違ってもミリィなんて呼ばれたくもないし」
「……………」
また沈黙。
でも今度は少し神妙な表情で私から眼を逸らした。
「……悪い」
そして謝る。眼は逸らしたままで。
私を見ないままで。
溜め息が零れた。
「そこは……別にあんたが謝るところじゃないでしょ」
後味の悪さが胸に広がる。そんなふうに謝ってほしくて言ったわけではない。
怒ればいい。悪いのは私なんだから。こんなのはただの八つ当たりで、意地の悪い態度で、無意味に困らせているだけなのだから。

(…ないのよ、こんなこと)
意味なんて。

「いや、だって、お前…」
「あんたに気を遣われると、何故だかものすごく腹が立つのよね。だから別に、軽薄なノリだって思ってるけどあんたはいつものまま、そのまま、普通にしてくれたほうがいいわ」
「それは慰めてるのか、それとも遠まわしに今俺は不満をぶつけられ」
「知りたいの?」
「……イヤ結構です」

――と、そこでやっとディアッカは顔を上げた。少し苦渋の入り混じった、だけどようやく心が晴れたような、決まったような、そんないつもの明るい表情で。腹は立つけど暗い顔をされるよりよっぽどいい。

此処は戦場の果て。

(だけど)

人が次々と(まるで蟻のように踏み潰されて)、死んで(いなくなって)、

だから――(もう)暗い顔なんて見飽きていて。

もう、見たくなくて。(それはとてもかなしいことだから)

たとえそれが私の神経を時折、無性に軋ませる相手、であってもだ。

「気をつけて」
「へ?」
「ただでさえあんた、出戻りなんだから」
「…あ、ああ。それはもう……覚悟してる、し…」
「そう。なら、もう、いいんじゃないの?」

もう笑っても。

私の前では勘弁だけど。(やっぱり無性に腹が立つから)



言うと、ディアッカはその瞬間、ひどくかなしそうな顔をした。でも、それでも笑っている。私を気遣って。こんなときでも、――私、ばかりを。


「…何よ」
「あー……いや、ちょっと…………ごめん」
「――な」
「少しだけで、いいから」


いいとも悪いとも言う前に腕は伸びていた。腕が伸びて、私の肩を掴み、寄りかかって、まるで何か赦しを乞うようにして首筋にその顔を埋めた。ふわりと空気が動く。或いはざわりと。
それは私が確かな人の重みを左肩へと受け止めた瞬間のことだった。
ディアッカの体温を間近で感じ、拒絶反応にも似た思いが、爪先から心臓へと駆け上がり、穏やかだった鼓動を忙しく叩きはじめる。咄嗟に腕を払おうとしたが振り払えなかった。やんわりとした手つきであったのに、それは思いのほか強い力がそこに篭もっていて。
そして。
ディアッカはやっぱり笑ってはいなかった。
俯いて表情なんか見えなかったけれど、私にはそれがわかった。

どうして?
何も、かなしいことなんか…あんたには何もないはずでしょう?(まるで)


だから、
……笑えば、いいのに。(私の)



「 、みたい」
肩の重みをそのままにぽつりと声が零れた。はっと我に返る。……私、今、何を言った? 驚くと同時に肩の重みが微かに動いた。私の無意識に発した言葉に反応したように。(いやきっと反応したのだ)
でも、それだけだった。
そのまま、肩が軽くなることはないまま、


「……別に……」


くぐもった声がすぐ近くで低く呟き落とされた。それは辛うじて聞き留められるか否かの、そんなぎりぎりの声で、こんな近くでもなければ聞き取れぬ小さな小さな声だった。
だから、聞こえた。
私にだけ。
ディアッカのふつりと糸が切れたかのような、そんな消沈した声が。
返事はしない。多分、ディアッカもそれを望んでいない。


「気持ちが……現実と比例するなんて、まったくもって思っちゃいないけどさ……」


ぽつぽつと語られる。
その言葉、一つ一つが何故だか私の心をひどく軋ませる。動揺させる。肩の重みよりもずっと重い、ディアッカの存在を感じさせ、抉じ開けるようにして隠しておいた胸の奥の痛みを露呈させようとしてくる。
やめて、と声にならない呟きが渇いた咽喉に張り付いた。――警告、が、心の片隅でチカチカと点滅してゆく。
或いは。
思い出なのか。
記憶なのか。
悲鳴なのか。


「どうしたら」



定かではないままに。
転滅してゆく。(何かを少しずつ崩れさせながら)



「……お前、笑うのかな」
「―――――」


それ、は突然だったのだ。

私たちが今いる、世界――この世界の戦いで。
「彼」はやさしく、やさしかった。
だからそれは突然でありながらも、偶然ではなかった。
やさしいひと、やさしかったひと。


死んで、もういない、あなた。



会えないの。



だって、あなたは死んで、



私は生きているから。



だから、私はかなしい。
もうずっと。ずっと、かなしいまま。



「どうしたら、」



笑顔、なんて…忘れてしまった。
あなたと一緒に深んでしまったから。


だから――――私は。


「どうしたら、お前は笑う…? 俺は、…知りたいよ」

(……私、は)

低く抑え込んだ声の確かな言葉を聞いて、知らず詰めていた息を私は吐き零すようにして解放した。それから。
「……なにそれ」
短く。
ただそれだけを言った。
少しずつ、少しずつ。
私を映し、崩してゆく左肩の鏡を決して今はまだ見ないよう。






「………きだ、ミリアリア」





(私、は……じゃない)




ただ、それだけを。






fin.




あんな男、好きじゃない。
あんな男、好きじゃない。
そう言い続けて、もうどのくらい経つ。



嫌いと言えない自分に気づいて、


もう、


どのくらい





05/04/10
決着はまだついてないディアミリ、でした。寧ろ、つかせないようにしてるミリィの話。キラフレが報われない分、ディアミリは報われてほしい。そんなこんなで、これ続きもので考えてはいるのですが、果たして続くのか。……。続くのか。(果てしなく謎)
あと、いろいろ手抜きすぎてすみません。前半はきちんと書きました。後半からはサイト創作に合わせて色々と挑戦してみました。……。しすぎました。(果てしなく懺悔)




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