「 45縁 」



 「人間ってさ、皆、誰にでも一つ才能があるんだよね」
 あ、持ってるって言ったほうがいいかな?
 がたんごとんと進行方向に向けて大きく揺れる車内の中で、突然そんなことを言い出した聖さまは、祐巳の困惑顔などお構いなしにいつも通り飄々と目線を上げて、
「あるんだよね、うん」
 窓の向こうに見える景色を眺めて、もう一度そう繰り返した。しかし景色を眺めるといっても意識にも留めぬ、正しくは、流してといった視線でただ本当に窓の向こうを眺める聖さまは、きっとおそらく何も見てはいないのだろう。だいたい次々と視界を流れていく景色を眺めつづけることなんて誰にだって到底無理なのだから。
 それでも眺めるという形容しかできない。
 流れて、流れて、流れきって、その流れるさなかにぽつんとたった今思い出したかのように聖さまが呟いて、吐き出して、――それきりで、何を考えているのか、祐巳にはちっとも理解できないように。
 あまりにもわけがわからなさすぎる言動をされて――眺めている、以外の――それに当てはまる行為の名を横から名付けることなんて祐巳にはできない。
 いくらなんでも、そこまでツーカーなテンションを持っているわけではないのだから、と軽く上目遣いに問うような眼差しを向けるとひどく真面目な顔つきをした聖さまが、うーん、と唸っているところだった。
「考えごとですか?」
 祐巳の短い問いかけに、
「んー、そんなんでもないんだけどね」
 要領の掴めぬ応答を返しながら、聖さまは軽く苦笑いを浮かべて祐巳を見返してくる。その悪戯っ子みたいな、あっけらかんとした表情は聖さまにとても似合っていて、笑顔ではないのにやっぱり綺麗で、迷いもなく見つめ返されて祐巳はちょっと照れてしまった。満面の笑みも苦笑いも今更もう幾度となく見慣れているというのに、そうされるほど、手放しに委ねられている精神に嬉しさが、未だ胸の奥をくすぐるのだ。まるで付き合い始めた当初のようだと思う。
 けれどぎこちなさがない分、今のほうがずっと心地よい緊張に胸を満たすことができる。
 頬を緩めて祐巳もそんな聖さまを見返しながら、なんだかでも今日はいつもよりちょっと気分が高揚しているかもしれない、と自己分析を終えて思ってもみる。
 だって今日は一年で一番賑やかな日なのだ。
 笑顔で迎える、一年の、一番最初の日。
 ――元旦にはいつもこうして一緒に初詣にいく。
 定番と化してる、もはや習慣ともなっている、そんな一日。
 言ってしまえばただそれだけの一日で、それ以外のなんでもない日。
 だけれどそのごく普通なことが二人にとっては何より嬉しいことなのだと互いに知っているからこそ、今日はいつもよりずっと心が高ぶっているのだ。この少し前にあるクリスマスとはまた違った趣があって、年末年始は忙しいけれど、迎えてしまえばやはり楽しい年間行事の一つである。
 がたん、ごとん、と橋を渡って響く音が車内のアナウンスとともに聴こえてきて、目的地までのあともう少しであることを知らせる。
「…そんなんじゃないなら、何なんですか?」
「言ってしまえば考えるまでもない、簡単なことってだけなんだけど」
「はあ」
 つい今さっき祐巳が思ったことと同じようなことを聖さまは言う。
 それに素直に頷き、祐巳はその先を辛抱強く待つ。
 だけど声にはやっぱり疑問符がついてしまって、怪訝とした眼差しであることは間違いない。それは相変わらず苦笑いをしたままの聖さまの表情ですぐにわかった。
「祐巳ちゃんは自分の才能ってなにか考えたことがある?」
「才能…ですか」
「そう。才能。ああ、でも百面相とか百面相とか百面相しかないっていうのは没だから」
「誰もそんなこと言ってませんっ」
 そもそも選択肢に百面相しかないなんて、ふざけてる上に、いやそれよりもそんなの才能に括られるものでもないと思うんですが。
 そのへんのところ、聖さまはわりと微妙に真剣味もまるでなく大雑把に適当だ。
 つまりいい加減すぎて冗句にも冗談にもなっていない。
「ん、でも百面相もある意味、才能かな。すごいね祐巳ちゃん」
「たった今全否定しておいて!? というか才能だなんてやっぱり一言も言ってないんですけどッ」
「や、だって冗談だし」
「…………」
 そんな冗談、笑えません。
「とまあ、そんな軽い掴みはさておき」
 祐巳の拗ねた睨みが利いたのか、早々に聖さまは話題を変えてくれた。だが相変わらずやり取りした会話の中身にはいくらも動じていない。つまり反省もしていない。こんな縮図がいつだって二人の間にはあって、脱力しつつも、いつも通りだなあと祐巳はなんとかそこで気持ちを落ち着かせて、
「才能って結局、自分一人じゃわかんないもんだよね」
 言われてみれば、と至極まともなことを続ける聖さまに目を丸くした。どうしたのだろう。
 こうやって、時にふざけているのと同じくらいに急に真面目なことを言い出すのだからやっぱりこの性格には振り回されがちで、そばにいるといつだって大変。今度は何だろうと身構えずにはいられないのだから困ったものだ。……だけどふざけているようで、聖さまは実はすごく芯の強い、真面目な人であるのも知っている。
 普段から上手に上手に隠しているから気づくのに時間がかかるのだけれど、時間をかけてそれがわかるというのは、それだけの時間を共有することを許された、ということでもあって、だから聖さまのその性質を知っているということはある意味、祐巳にとっては誇らしいものでもあり、
「だから結構人に指摘されたり、誰かの行動で気づいたりして、才能を発露させてゆくってパターンが多くない? ほら、画家とか、そんなの多いよね」
 ……だけどこの突然さだけは、いつまで経ってもどうにも理解できないような気がしてしまう。
「そうですか…? でも絵が好きだから、ってことで描いてて周りが気づくってこともあるんじゃないんですか?」
 ただ好きで。
 好きだったから、気づいたこと。
 だったらそれは第三者に指摘されず、自ら、自分の才能に気づいたってことだ。
「それだって誰かが絵をってすすめたからじゃないかな。描くための紙とペンだって、与えられないと描くことなんてできないし」
「それは、……そうですけど」
「一人じゃそれに気づけない、人と関わり合って干渉して、だから気づくことの中に才能ってものがある」
「……それでみんな、才能を持ってるって、ことですか?」
 会話というよりももはや言葉遊びのような感がしはじめた会話が、ぐるりと回転して起点とも呼べる終点に辿り着く。
 だけど今に到ってもまだ何が言いたいのかよくわからない。
 聖さまはよくわからないことを言うのが一つの才能なんじゃないのかな、とついにはそんなことを思いはじめて、訝しげな眼差しを向け続ける祐巳は、次の瞬間、がたんっと大きな音を立てて止まった電車のなかで支えを失い、足元をよろめかせた。
「わ、わっ」
「おっと」
 言って。
 実に無駄のない動きで腰に腕を回し、いとも容易く聖さまがそんな祐巳の身を受け止める。まるで最初から予期していたように。
「大丈夫?」
「あ、は、はい」
「そう、良かった。あ、着いたね」
「へ?」
 行こう、と腰に置かれたままの腕が祐巳を引く。あっという間に乗っていた電車から降り、降りたとほぼ同時くらいに背後でその扉が閉まる。また次の駅に向けての出発をするために。
 閉まって、祐巳の耳に今度はホームの何処からか響くアナウンスを雑然と届けられた。
 スピーカーを通して響く、高らかなその音量は、けれど行き交う人々の群れの中では雑多に紛れてしまってただの騒音に近いものがある。何を言っているか、きちんと正確に聞き取ることができない。
 ざわざわと人の声に埋没して、それでも響くアナウンスに意味はあるのだろうかと問いたいほど、それは祐巳の意識の淵を滑り落ちていって。
 ただ聞こえるのは、
「あっちのがすいてるみたいだね」
 祐巳の歩行を促して、隣を往くその人の声だけだ。
 それだけはどんなに雑音が響いていても聞こえてくる。
 それは祐巳の中で特別に位置するものだからかもしれないが、
「祐巳ちゃん? どうした?」
「あっ、はっはい!」
 行きます! と元気よく答えて祐巳は引っ張られるままに歩き出す。
 その脳裏で、もしかしたら特別な才能、というのにはこんなことも含まれるのかな、と漠然と思ってもみたりしながら。
 そして、そういえば先の問答、まだきちんと答えてもらってないなあと遅まきながら気づき、だが動き出した人の波に紛れてそれどころではない状態に押されつつ、祐巳はひとまず歩くことに集中するのだった。



                ◇◇◇



 一体どこからこの人の波は生まれてくるのだろう。
 毎年毎年、同じことを思っている自分もどうだろうと思うのだけれど、相変わらず新年の人波は祐巳の眼前に海原のように広がっていて、唖然とも茫然ともさせてくれる。ちょっと気を抜けばすぐに弾き飛ばされてしまいそうだ。そんな懸念から隣の聖さまとはぐれたりしないよう気を引き締めていたら、丁度目を上げたところで聖さまのおろした双眸とぴったり祐巳の視線がかち合った。
 目が合って、微笑まれ、祐巳も小さく笑顔を返す。
「はぐれないようにしなきゃね」
「はい」
 どちらともなく手を重ね、寒気を気遣ってか、聖さまが祐巳の手をコートの中へと避難させる。祐巳としては指を絡めるだけでも充分ではあったのだけど、そこは聖さまの心、ありがたく受け取って歩みを再開させる。が、いくらも行かぬうちに、祐巳は自分の手以外にある、聖さまのコートの中の、正体不明な物体に怪訝な表情を作るに到った。じゃらじゃらと音を立てて、――となると、おそらく財布だと思うのだが――歩みに合わせて祐巳の指に何かそのような布きれが当たる。
「せ、聖さま? あの、コートの中に何を……」
 不審に思って一先ず問う。
 すると聖さまは、ふっふっふ、とひどく上機嫌な笑みを浮かべていて。
 それから。
「すぐにわかるよ」
「……はあ」
 秘密主義と企み好きの両方を彷彿とさせる返答に、祐巳はなんだかちょっとだけ嫌な予感がして、笑顔から一転、頬を引き攣らせながら若干重くなったような足取りをそれでもなんとか進ませた。
 隣には上機嫌な聖さまが嬉しそうにしている。
 だから、まあ。
(いいか――)
 そう、思ってしまったことを、後でほんの少し――少しだけ祐巳はおかしく思い出すことになったのだけれど。





 お賽銭は神仏に奉納する金銭――そう云うとひどく固い感じを受けるけれど、訪れる人々の意識にそういった印象があるのかと、実際問えば、それはわりと否じゃないのかな、と祐巳は空中を舞ってゆく小銭の影を瞳の端に映しながらふと思う。
 奉納する、というより祈願するといったほうが、余程正しい。
 だって誰もが願いをかけて賽銭箱へとお賽銭を放っている。
 この光景を見ていたら、とてもじゃないけど神仏に奉納している――なんて高尚さを見出すことは難しいものがある。そして右にも左にも倣って祐巳も今年一年の願いをかけてお賽銭を放り投げたあと、それは起こったのだ。
「祐巳ちゃんはなにお願いしたの?」
「いつも通りです」
 いつも通り。
 普段通り。
 ただ、変わらぬ日々でありますように。
 普通なんてありきたりだと年越し前に会った由乃さんは笑っていたけれど、案外とこれが難しい。普通であることは思う以上にずっと大変なことなのだ。――だってそもそも自分たちはもう「普通」とはかけ離れた、外れた道を歩いている。
 その上で普通を願うのだから、神様には大変な願い事をしているだろうなあともはや苦笑するしかない。だけど、ごめんなさい、と思う。それでも叶えてほしい願い事で。とても大切で、放っておけない、自分の倖せを祈らない人だから。その人の分まで願う傲慢さをどうか、神様、見逃して下さい。
 ――なんて、そんなふうに心をこめて祐巳は願う。心から、切にだ。
 そして。
「いつも、通りですよ」
 微笑んで見上げる。
 そう、と同じように笑い返してくれる人へと、いつも通り。
 普段通り。
 なら、これ以上の倖せはない。どこにも。願う先の、どこにもないに決まってる。
 だからこれが崩れないといいと思う。
 ずっとこのままでいられるようにと思う。
「……じゃあこれは必要なかったかな」
 曖昧な笑みでじゃらりと聖さまが祐巳の目の前にコートの中にあったものを唐突に広げた。布に包まれた中身が露わになる。果たして、そこにあったのは何の変哲もない五円玉だった。
 じゃらじゃらと、沢山の。
 一枚、二枚、三枚と数えていたら聖さまが「九枚ある」と先に教えてくれた。
「九枚…ですか?」
 まるでその数が大事だと言わんばかりな言葉に、祐巳は瞳を瞬かす。
 五円玉が九枚。
 じゃらじゃらと聖さまは手の中でそれを鳴らす。
「前にね、教えてもらったんだ」
「何を…ですか?」
「倖せを願う一つの手段――でも、才能がないとダメだけどね」
 手段と才能。
 意外な言葉がここにきてまた飛び出てきて、祐巳はやはり困惑顔を作る。
「まだわかんない?」
「わかりませんよ、もう」
「うーん、それは残念」
「残念でも何でもいいですから」
 答えがあるなら早く教えてほしいんですが。
「じゃあ、仕方ない。教えてあげよう」
 言うが早いか。
 あ、と祐巳が驚いて口を開け放した時に。否、――時には、すでに。
 じゃらじゃらと騒々しく鳴っていた九枚の五円玉が「とおうっっ」と相変わらず人目を気にせぬ豪快な投球を賽銭箱めがけて決めて、聖さまの手から、見事に消える。
 というより、賽銭箱の真正面に思いきり盛大にぶち当たる。
 放り投げるというよりも、これではもう、叩き付けるといったほうが正しい。
 奉納する、というより祈願するといったほうが余程正しいお賽銭のように。
 直球、速球で。
 思いきり叩き付けた。
「…………」
「おー、いったいった」
 あっけに。
「ま、こんなもんかな」
「…………」
 あっけにとられる間も、ない。
 だけどあっけにとられている自分がいる。――ああ、もう、なんて、この人は。
 頭痛と眩暈が同時に襲ってきて、祐巳の隣でそんな聖さまの迷いも容赦もない剛速球を見たらしい見知らぬ人の驚く眼差しがちくちくと横顔に突き刺さってくる。
 すみませんすみません、悪気はないんです。…多分このひと。
「せ、……聖さま」
「ん? なーに?」
「それは、あの、ちょっと……さすがに」
「弱すぎた?」
「充分強いです!」
「じゃあ変化付けたほうがよかったと?」
「ていうか変化球も持ち球?!」
 何者ですか、貴方。
「むー。真正面に投げたし、何が不満なの、祐巳ちゃんは」
「思いきり叩き付けてますよ! ああ、ほら! にら、睨まれてますから!」
「元気が良くてよいって顔してる」
「してません!」
「だって遠目でわかんない」
「…………」
 わかるのは、来年、ここには来れないことだけだ。
 先の速球と同じくらいな勢いでブラックリストに載ってしまったような気がする。
「も、もういいですから……聖さま、い、行きましょう!」
 神主さんの眼差しが痛い。祐巳にずかずかと突き刺さってくる。すみませんすみませんすみません、悪気はないんです。本当に多分このひと!
「あ、祐巳ちゃん。お御籤もしていこうよ」
「さあ行きますよっっ!」
 悪気がないからタチが悪い――なんて。
 ああ、確かにそれは言いえて妙だなと思いながら、祐巳は羞恥を堪えながら右手に聖さま、その人を捕まえ、ずるずると引きずりながら人波を掻き分けてゆく。ああもう、本当にこのひとは。
「……。今日の祐巳ちゃんはちょっと大胆?」
「大胆なのは聖さまの言動だけで充分です!」
 なんてタチの悪い、懲りない人なんだろう。
「あははっ、そりゃどうも」
 それに抜かりなくずるい人だ。
「おー、褒められた褒められた」
「力いっぱい褒めてませんっっ!」
 だけどその一方ではなんて笑顔の似合う人、と思わされてしまうのだからまったくもって敵わない。
 ああ。結局のところ、敵わない人なのだ。
 祐巳にとって、聖さまという人間は。
 どこまでいっても。
 どこにいても。
 
 笑ってしまう。



                ◇◇◇



 五円玉が九枚。
 帰り道に聖さまは悪戯っぽい笑みで、「かけたらいくら?」と謎解きの手助けをしてくれて。
「え、えーと」
 考えるまでもない。
 五×九=四十五
「よんじゅ……」
「ぶぶー。それはちょっと違う」
「え……? でも」
 計算に間違いはないはずだ。だって小学生レベルの計算、さすがにいくらうっかりミスの多い祐巳だってそれは間違えるはずがない。寧ろ間違えようもない。
 眼差しで問えば、笑みを深めて聖さまは言う。
「読み方の問題だよ」
「読み……よん……し、じゅう、ご?」
「うんうん。でもそれだけじゃあ満点はあげられないな」
「しじゅうご……しじゅう…ご……………、あ」
 もしかして。
 目の前が開けた気分、というのはまさにこんな感じなのだろう。思い当たった一つの答えに思わず頬が大きく緩んだ。なんだ、そっか。
 微笑んで笑顔のまま口を開く。
 それに合わせるように聖さまも祐巳のほうを見て、

「始終ご縁!」
「――が、ありますようにってね」

 付け足した。
 その言葉こそ、聖さまの願い事。
 相好を崩す。謎が解けたことも嬉しいけれど、そんなふうにあのじゃら銭に意味があったのかと思うと、それだけで笑う意味は有り余ってお釣りがくるほどあるように思えた。
「教えてもらったんだ、そんな意味もあるんだって」
 お賽銭は神仏に奉納する金銭。
 だけどそれだけじゃない。
 多分きっとそれだけではない。
 そこにはささやかであるかもしれないが、切れぬ願いがあって。
 誰かと誰かを結ぶ、繋げる想いがあって。
 だから神様に、自分たちは気持ちをお賽銭と一緒に奉納する。
「…初めて知りました。なんだか素敵ですね」
「うん。だけど私のはそんな立派なものじゃないよ」
 疑問が解けて微笑む祐巳に、けれど何故だか聖さまは肩を竦め、自嘲気味に笑ってみせる。行きと同じようにコートに祐巳の手を一緒に入れて、曖昧に微笑みながら、
「こんなの私の我が儘だからね」
 そのまま空を仰ぐ。吐く息は白く視界を埋没させた。不透明な空。それはまるで聖さまと祐巳の、世界、そのもののように。
 そんな、普通とは違った世界を望んだ。それを我が儘と云う。
 だがそれは聖さまだけが望んだ世界だった?
 答えは否だ。今のこの世界を、我が儘の果てに創られたものだというのならば。
「二人の、我が儘ですよ」
「……祐巳ちゃん」
 コートの中の手をしっかりと掴んで見上げる。そうして囁くようにして呟いた言葉は、頼りなくも儚い冬の空の下で静かに溶けて消え去り、ただ祐巳が微笑めば瞠目していた聖さまの眼差しもややあって穏やかに細められた。
 言葉なく。果敢なく。
「――来年は」
 自分たちは、いつもそうやってそこに立つ世界を臨む。
「来年は、私も、そうします」



 倖せを願う一つの手段に誰かを想う、心をこめて。





fin.

(05/01/05)
2005年・謹賀新年創作。かけあいが楽しかったです。(別人風味)
あまり何も考えずに気楽に書いたので、何か思うことが一つでもあれば幸いです。今年は語るよりも書き繋げ、が心のスローガン。不肖・文字書き、文章で語らねば…。精進精進。




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