or メーー?







 先日、祐巳は誓ったことがある。
 リビングのふかふかのソファーの真横で、難しい顔をしたまま祐巳はそのことについてふと少しだけ思いを馳せていた。二人掛けのソファーにかけることもせず、その真横で佇んだまま、何故そんなことを思い浮かべなければならないのだろうかと少々呆れもしながら。
 数日前の自らの言動……の、大半は実は思いを馳せるどころか、あまり覚えてはいないのだが、それでも肝心な部分だけはしっかりと覚えているのだからしょうがない。
(いっそ忘れたい……)
 羞恥心はこの上なく元気に胸の内で暴れ回っている。
 それをこのひとは知っているのだろうか。
 数日前、今と似たような目に合っていた自分に、この、佐藤聖さまは。
 目の前で二人掛けのソファーを一人で占領している聖さまの、静かな寝息を耳にしながら、祐巳は苦悶を覚え、眉間に皺を寄せる。ちら、と見てみればテーブルの上には空っぽになった色鮮やかな空き缶が数本。横倒しになっているものやら、プルタブを途中まで開け、止めているものやら。
 大量とまではいかないかもしれないが、一人で飲むには結構な量のアルコールの缶がそこには転がっていた。
 それを見て祐巳は軽い眩暈と頭痛を覚える。
「……何なんですか」
 この、惨状は。
 悪態のひとつも思わず零したくなる。けれどぐっとこらえて祐巳は、はあ、と一つ溜め息をついてテーブルの下に転がっていた缶を手にとった。幸い下にひいたマットには中身は零れていないようだ。
 飲みきって、放り投げた。
 おそらくそんなところだろう。
 ――と、見当をつけたところで、酔っ払ってベットにもゆかずソファーでそのまま眠りこけている聖さまの身体が僅かに身じろいだ。
「聖さま? 起きたんですか?」
「…………」
 返答はない。
「聖さま?」
 それでももう一度だけ、祐巳は声をかけた。
(もしかしたら寝惚けてるのかもしれないし……)
 決して、一人放っておかれてつまらないわけではない、と自らに言い渡し、祐巳は聖さまの目覚めを静かに窺った。
 横たわる聖さまの長い睫を間近で見つめながら、しばらく待つ。
 だがいくら待てども一向に目覚める気配なし。
 微かに疲労の残る面差しに、祐巳は、
(……しょうがない、か)
 未知の世界、大学という場所へと思いを馳せる。
 もしかしたら聖さまにとって大学とは時々お酒を飲んで気を紛らわせなければならないくらい、大変なこともあるのかもしれない。気楽さがまず目につく聖さまは、祐巳のことを気遣うことはよくあっても、その逆をさせることはあまりない。他人に心配をかけることや、自分自身の内側を曝け出すのが実は苦手、上手くないのだという事は、こんなふうに付き合いだす前から祐巳はちゃんと知っている。
 共に同じ学び舎にいた頃はすぐには気づけなかったけれど、聖さまは思慮深く、それが災いして甘えることができない。少なくとも、進んで甘えようとはしていない。それはやはりもしかしたら、甘え方がわからないだけなのかもしれないが。
 だから今となってはそれは自分の役目。
 時に、無理矢理にでも甘えさせてあげる。
 それは自分だけの特権だと祐巳は思っている。
 あの、冷たい風の日。
 声を張り上げて、遠ざかろうとした手を掴んだときから。
 その役目はずっと自分のものだと。
「……だからちょっとだけ、本当は淋しいんですけど」
 ――――それでも聖さまには聖さまの、祐巳には祐巳の世界がある。
 それを忘れて、依存しあっていたら寄りかかるだけ寄りかかって相手も自分も、いつかその重みを支えきれず持て余し、倒れて、駄目になってしまうだろう。
 だから我慢するべきときは我慢もするし、不満も言わない。
 それは祐巳なりの聖さまへの配慮であり、結論でもある。
 勿論、何かがあったときには何かあったのかと目一杯深く深く心配させていただく前提で。だって我が儘と我慢は別ものだから。
 転がった缶を一つ、二つ、手にとり立ち上げる。聖さまの目覚めは諦めてゴミ箱へと、散らかった惨状を片付けるべくそうして行きかけた祐巳だったが、
「……て」
「え」
 待って、と。
 スカートのプリーツに触れていた手が、行きかけた祐巳を押し留めた。軽く引っ張られる感に、見てみればいつの間にかに聖さまの指が祐巳のそれへゆるりと絡んでいた。
「聖さま、起きて…?」
「………………」
 すう、と上下する躰。彫像のような綺麗な顔の聖さまの目は、閉じられたまま何も、祐巳すらも見ていなかった。
 つまりは未だ眠ったまま。
 ……夢のなかの住人は、それなのに、祐巳を引きとめたのだ。
 良く言えば無意識に。
 悪く言えば完璧なまでに寝惚けて。
「寝言……」
 あっけにとられながら呟いて、しばらくして祐巳はくすくすと笑みを零し始めた。
 それから絡んだ指を嬉しそうに見て、行きかけた身体を反転させ、またも膝を折る。
「聖さま」
「……ん……」
 身じろぎに微かな声。
 それは返事ではないが、
「私が行ったら、淋しいですか?」
「…………う…ん……」
「でも、まだ起きませんよね? じゃあ、私、どうすればいいですか?」
 確信犯めいた笑みをこそりと祐巳は浮かべる。震える睫にゆったりと零れる吐息。その無防備な姿は普段の聖さまとはまったく違う。構えていないからこそ、
「この……ま………いて」
 ぽつ、ぽつと。
 示唆される未来の言葉に、「はい」と祐巳は澱みなく応える。
 嬉しさを隠し切れず、笑って。
(だって)
 ――――――なんて、正直で真っすぐな甘え方。
 あったかくなってゆく心が祐巳にも、そんな正直で真っすぐな歓喜を促す。
「聖さまが呆れるくらい、ずっと、いますからね」
 前にも似たようなことを言った覚えがある。
 それに、ごにょごにょと、やや子供じみた反論が返ってきたりもしたが、相変わらず祐巳は倖せに笑っていた。
 このまま聖さまが目覚めるまで、多分、自分はこのままここにいるのだろうと近い未来を予想しながら。
 起きていたらきっと頬を緩めて喜んでいたであろう聖さまを思い描きながら。
「やくそくですよ」





 柔らかなくちづけを、そうして静かに落としたのだった。







Fin.




(03/10/01)
あまりの甘さにちょっと遠い目……。(ごめんなさい)
個人的にはシリアスにシリアスを重ねたものが好きだったりするんですが。
……あまーい……どうしよーう……。(どうもしなくていい)
……聖さま、惜しいところで寝てますよー……勿体ないよー…?(どうも投げやり)

ちなみに学生ラブはちゅーまでが公約条例。続きはもうちょっと覚悟と大人になってからのようです、このふたり。(でも聖さま、なにげに触り魔です。/被害者の証言)

とりあえず内容のまったくない話で、すみません。読んで下さり、多謝。




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