「 揺れるもの 」



 ふる、と踊るようにして水色のリボンが揺れる。或いは小刻みに震えるように、と言うべきか。まるでひとの心のようなものだな、とテーブルにて頬杖をつきながら聖はそんなことをふと思う。
 忙しく動き回るちいさな背中を眺め、やがてその視界を閉じる。


 ……かたん、こと、かたん、こと。


 一定間のリズムが耳に届いて、暗闇のなかでも少女の位置が知れることに僅かに頬を緩ませる。
 誰かの立てる音。存在。居場所。熱。
 それから。と、頬に這わせた指をとんとんと動かし、
「確認。」
 目を開ける。
 ひらけた視界にはやはり水色のリボン。ちいさな身体。
 それを認める。
「? なにか、言いました?」
「んーん。なにも」
「はあ……そうですか」
 釈然とせぬ瞳とかち合い、思わず堪えきれぬ笑いが零れた。目の前で、む、と眉間に皺を寄せる少女へと心の中でも密かやに笑う。
「なんで笑ってるんですか、聖さま」
「べつにー?」
「嘘です、思いっきり笑ってるじゃないですかっ」
「さあー? 知らないなあ」
 ともすれば、大爆笑しそうになる少女の表情の激変が、ますます変化を加えて近寄ってくる。先ほどまで手にしていた包丁をちゃんとまな板の上に置いているのは、えらいところだ。さすがに持ったまま近づいてきたら、すこし怖いものがある。……それで別に傷つけられるとか、そんなことは一切考えてないけれど。
「ああ、でも、教えてあげてもいいかなあ」
「え、ほんとに?」
 きょとん。
 見開いた瞳が、至極素直で純粋な光を宿す。テーブルを挟んだ向こう側の住人に、屈むよう目で示して、こちらも椅子から僅かに腰をあげる。頬に重ねていた手は今はテーブルの上と、もう片方は揺れるリボンの結ばれた先へと。
 指の隙間を通る髪に目を細める。それから。
「うん。ほんと。あのね、」
「……は? ちょっと、聖さ…!?」
 いーから、いーから。
 非難に笑顔で対抗する。その、声に出さぬ言葉が聞こえたかどうかは、この際どうでもいい。瞳を閉じる。言葉も封じる。
(役得だよなあ)
 そんな心の声にも、きっちりと蓋をする。



 誰かの立てる音。

 存在。

 居場所。

 熱。


 ……確認。



 揺れるリボンが視界を埋めたのは一瞬前のこと。





fin.

(03/09/22)
上記の日に日記で書いた短い話。(いちゃいちゃしてる…)
加筆をしようかと思ったのですが、まあその時の思い出ってことで。少しだけ手直しをば。
お手軽、聖祐巳。ご飯の用意をしていての出来事でした。(甘…)




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