産経新聞  2006年(平成18年)8月11日 金曜日


大石内蔵助が鎮座する水琴窟

ひしゃくの水が穴から落ち、境内に軽やかなメロディーが流れる=兵庫県赤穂市の花岳寺


境内の手水鉢の脇に鎮座する黒光りした甕。ちょこんと座った小さな大石内蔵助の像にひしゃくで水をかける。
チョン、コロコン、ポンポロン。
少し間をおいて穴に落ちる水が透明なメロディーを奏で始めた。
目を閉じると、甕の中の水面に広がる波紋が脳裏に浮かぶ。水滴の声は次から次へと落ちるたびに表情を変え、重なり合う余韻が静かな境内に漂う。そのリズムは不規則で、同じメロディーは2つとない。
赤穂藩と四十七士の寺・花岳寺(兵庫県赤穂市)にある水琴窟。2年前に市内の造園会社経営者、長棟成光さん(59)が寄贈したものだ。
「主君に忠誠をつくして散った四十七士の精神にささげたかった」
かたわらの柱には、澄みわたった音に感銘した片山一良住職の書「身清淨 心清淨」がある。
心に吹き込む一筋の涼風。掃き清められた境内で、いつしか額の汗もひいていた。

江戸時代に考案された水琴窟は、本来は庭園の茶室に併設されたつくばいの排水装置。底に小さな穴を開けた甕を伏せて地中に埋め、つくばいから流れた水が甕の中にたまり、その水面に落ちる滴の音が甕の中で共鳴する。
江戸時代初期の茶人で作庭家の小堀遠州が、洞窟内で反響する水滴の音にヒントを得たともいわれる。水が生み出すどこまでも澄んだ音色。その後、庭師たちが音質を追求して技を競い、文化人にその風流を愛された。
茶道が趣味の長棟さんは長年、水琴窟づくりを続けてきた。「江戸時代の先人たちが生み出した音の芸術を、今の人たちに伝えたかった。甕の素材や落ちる水滴の大きさ、水面の高さで音色は変わるんです」とその魅力を話してくれた。
花岳寺は赤穂藩の菩提寺。本堂を取り巻くように、歴代藩主や四十七士の墓がたたずむ。遠くからセミの声が響くほかに音はなく、市の中心部にもかかわらずしんと静まり返っている。
長棟さんは水琴窟と内蔵助とのかかわりに思いをめぐらせる。
≪岡山県高梁市には、小堀遠州が手がけた国指定名勝、頼久寺庭園がある。大石内蔵助は備中松山藩改易となった元禄7(1694)年、松山城明け渡しのために1年半にわたってこの地に滞在している。当時、庭園に水琴窟があったのではないか、内蔵助もその音色で疲れた心を癒やしていたのではないか≫
ポーン。
最後の一滴が水面を揺らし、太古から変わらぬ響きが入道雲に吸い込まれた。
涼を求めて水辺へと足を運ぶ夏。しかし、水とたわむれるよりも心涼しむ場所がここにはある。

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